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トップ ■ 連載 第二十九回「続・憂国呆談」番外編Webスペシャル
 2005年2月号

憂国放談    ............... ■ 年が明けても相変わらず議論を呼び続ける皇室問題。ついに田中康夫が皇太子夫妻の相談役に立候補!? さらには、スーザン・ソンタグの死から愛知万博や大阪の情けない状況まで、今月もWeb版はヴォリューム満点!
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皇太子夫妻に人権を!


●皇太子夫妻を励ます会?
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田中康夫 皇居での新年一般参賀に雅子妃が二年ぶりに出席した。でも、まだ静養が必要なんだろうね。なのに先月のWeb版でも触れたように、このあいだの天皇誕生日の「朝日新聞」には「気になるのは、憶測が広がり、様々な人が傷つきつつあることに対して、皇太子ご夫妻からブレーキをかける強い意志が感じられないことだ。両陛下が心を痛めていることや、自分たちが務めを十分に果たしていないことについて率直に詫びる言葉も聞こえてこない」なんて記事が出た。紀宮の婚約をスクープした編集委員の岩井克己が書いたんだけど、ふざけちゃいけない。誰が彼女をあそこまで追い詰めてしまったのか。秋篠宮と並んで「微笑む」紀子妃が映し出されるたびに問い質したくなるよ。

浅田 彰 朝日の記事については右翼の中西輝政も『週刊文春』で批判してたね。天誅を加えるとか言ってさ(笑)。

田中康夫 まぁ彼の場合はねぇ(苦笑)。それはともかく、紀宮の婚約内定の会見でも、秋篠宮夫妻への感謝の言葉はあっても、皇太子夫妻に関してひと言もないって変でしょ(http://www.kunaicho.go.jp/sayako/sayako-kishakaikenn-h1618.html)。それを疑問視しない記者連中もどうしようもない。ある種の不敬罪だよ。

浅田 彰 そう、紀宮の結婚を仲介したってことで秋篠宮がやたらと持ち上げられ、その分、皇太子夫妻がバッシングされる。あれはキャリア・ウーマンに対するバッシングなんだよね。子どもを産まない女性は「負け組」だ、と。

田中康夫 だって、ちゃんと可愛い子どもが誕生したじゃん。

浅田 彰 そうだけど、皇室では男の子を産まないといけないから。

田中康夫 ならば、紀子妃も同列だよ。真剣な話、僕は雅子妃と皇太子を囲んで励ます会でも開催したいと思ってるくらいなの。

浅田 彰 そういや坪内祐三も『SPA!』の福田和也との対談で、自分が皇太子の私設秘書官になるって言ってたじゃない(笑)。

田中康夫 う〜む、皇太子夫妻にも選択権を与えるべきだね(笑)。とまれ、雅子妃は携帯電話すら持てない。完全に周囲から“監視”されて友人に電話もできない。皇室外交も禁止される。そりゃ誰だって落ち込んじゃうよ。

浅田 彰 今の皇后だって皇太子妃のころは年に一回ぐらい外遊してたでしょ。海外に行ったから流産した、男の子が生まれるまでは行かせないなんて、ほとんど拉致監禁みたいなものだよ。

田中康夫 皇太子夫妻に人権を。それをどんどん言っていかなきゃいかんよね。真面目な話として。

浅田 彰 ホントだよ。「皇室外交」っていうなら、今回の津波みたいな大災害が起きたときこそタイ王室を訪れるとか、そういうふうにやればいのに。

田中康夫 そうだよ。秋篠宮もナマズの研究をしたり、諸々の深い縁がタイにはあるんだから、宮内庁も訪問予定を組めばいい。

浅田 彰 天皇自身がどう思ってるのかはわからない。ただ、今年の歌会始の「戦なき世を歩みきて思ひ出づ/かの難き日を生きし人々」っていう歌でも、この六〇年を「戦なき世」として総括し、明確に平和主義を打ち出してるでしょ。右翼改憲派はその「大御心」をどう考えてるのか(笑)。


●IBMと聯想それぞれの思惑

田中康夫 IBMがパソコン事業を中国のパソコン最大手・聯想グループに売却するね。

浅田 彰 そう。聯想はパソコン販売台数で、デル、ヒューレット・パッカードに次ぐ世界三位になる。

田中康夫 早い話が聯想グループはOEMをやるようなものでしょ。IBMというブランドを使ってさ。これってホテル業界で言えばハイアット辺りの暖簾商売と同じなんだ。つまり、日本の電鉄会社の名前が付いたホテルじゃパッとしないけど、「ハイアット」って付いていれば予約も入る。パークハイアット東京が入居のビルを保有し、運営会社のパークタワーホテルの株主である東京ガスは、運営をハイアットに任せて、仮に売上の二割を暖簾代として支払っても儲かるわけ。だからこれはIBMという企業の典型的なブランド商売だよね。逆に言えば、聯想にとっても安い買い物なんだ。

浅田 彰 IBMにとっては、パソコンは薄利で儲からないから、スーパーコンピュータとかソフトウェアといった先端分野に特化する、と。中国ならパソコンも安くつくれるんだからお望みならブランドをお譲りしましょうってことだね。わりとうまい商売なんだよ。逆に日本は中途半端。先端分野に特化もしてなければ、パソコンを諦めることもできない。
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田中康夫 この売却の件は東芝にも話があったらしい。でも、東芝も一応世界的なブランドだっていうプライドがあるから、IBMのOEMをやるわけにもいかないんだろうな。でもこの場合、本来のOEMではないんだよね。ブランド自体を買っちゃうわけだから。面白い商売だと思う。

浅田 彰 いずれにせよこれは、アメリカが先端技術でソフトウェア開発を目指し、中国はモノづくりを引き受けるっていう、非常にはっきりした例だよね。さて、日本はどうするのか。

田中康夫 ホント、どうするのかね。こうして日本はどんどん解体されていくのかも。過去を溶解する長野県とは又、違った意味で。


●消えゆくシックスティーズ

田中康夫 昨年末の一二月二八日に、スーザン・ソンタグが亡くなったね。

浅田 彰 七一歳だった。シアトルで白血病の骨髄移植をしたんだけど、最期はニューヨークで息をひきとった。

田中康夫 リベラルな知識人がまた一人いなくなったね。

浅田 彰 エドワード・サイードも二〇〇三年に死んだし、アメリカの論壇もいよいよ寂しくなるね。アメリカって大学に知識人はいるんだけど、大衆とはまったく隔離されてるわけ。そんななか、普通の人たちが『ニューヨーカー』とかでファースト・ネームで知ってる知識人の代表がソンタグだった。あの映画についてスーザンは何て言うかしら、みたいなね。そういう位置を占める人はもういないからさ。

田中康夫 そうだよなぁ。

浅田 彰 まあ、向こう気の強い人で、話してても適当に「そうですね」とか言ってうなずきあうことは絶対にない、「この部分については賛成だけど、この部分については異論がある」っていうんで、必ず論争になるの。でも、絶対に感情的にならない。むしろ、スポーツでいうフェア・プレーっていうか、そういう感じの清々しさが残るんだよね。
 そういう人だから、三〇年ほど前に乳癌になったときも、癌と戦う一方、癌という病いにまつわる負のイメージと戦うために『隠喩としての病い』(みすず書房)っていう本を書いた。それから今まで、よく生きたと思うよ。
 あるいは、ヴェトナム戦争のとき、ハノイに行ったように、旧ユーゴスラヴィアで紛争が起きたときも、自ら包囲下のサラエヴォに長期滞在してベケットの『ゴドーを待ちながら』を演出・上演した。そのときの体験に基づいて、ミロシェヴィッチの民族浄化を止めるためにはNATOの軍事介入も必要だった、ただしそれを人道的介入などという美名でごまかしてはいけない、と主張したわけで、賛否はともかく、その主張に体験の裏づけがあることは否定できない。他方、9.11の直後、『ニューヨーカー』の真っ黒な表紙の号にニューヨーカーとして寄せた文章で、卑怯というなら敵の砲火の届かない高度から爆弾を落とす国のほうだ、自分の乗った飛行機ごとビルに突っ込んだテロリストたちは少なくとも卑怯ではなかった、と言い放ち、以後、アフガニスタンやイラクへの戦争、そして、アメリカのメディアの大政翼賛状況を批判し続ける。それは、安全な高みから、あれはいい、これはいけないって恣意的に判断してるんじゃなく、あくまで作家として現場に立って判断してるわけ。そういう立場を貫いたって意味で、見事に一貫した生涯だったと思うよ。
 そういえば、パティ・スミスが自分のウェッブ・サイトに、"The only interesting answers are those that destroy the questions"(唯一興味深い答えとは、問いを破壊してしまうような答えだ)っていうソンタグの言葉を踏まえて弔辞を書いてるんだけど、なかなかいいんだよ。


Susan Sontag died peacefully this morning. Her battles waged against cancer were fierce. Our mental warrior fell valiantly in her third battle. Now the universe awaits.(スーザン・ソンタグが今朝穏やかに息を引き取りました。彼女の癌との戦いは苛烈でした。私たちの精神的戦士は三度目の戦いで誇り高い敗北を喫したのです。そしていま宇宙が待っています。)
Have a beautiful journey Susan. Shatter as you go. May your new path be littered with the debris of many questions. May your answers cause the stars to shudder. Farewell.(美しい旅を、スーザン。粉砕しながら行くのです。あなたの新しい道にあまたの問いの破片が散らばっていますように。あなたの答えが星々を震撼させますように。さらば。)

ちょっとロマンティックに過ぎるとはいえ、泣かせるでしょ。

田中康夫 ホントだね。パティ・スミスってロック歌手だっけ?
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浅田 彰 NYパンクのね。ロバート・メイプルソープのパートナーで、ウィリアム・バロウズなんかとも親交のあった前衛詩人上がり。去年のヨーロッパ・ツアーのときは「ネーダーに投票せよ」っていうTシャツを着てたけど(笑)。そういう人物が弔辞を寄せるってのがソンタグらしいと思う。
でも、ソンタグが二〇〇二年春に来日したときのシンポジウムに、田中さんにも来てもらった、あれはほんとによかったよ。田中康夫のような作家が長野県知事になってるとか、姜尚中のようなコリアン・ジャパニーズが東京大学教授として活躍してるとかってことを知って、彼女はすごく面白がってたから。


田中康夫 シンポジウムの様子を収めた『良心の領界』(NTT出版)という本でも、僕に対して「あなたのような方が政治に飛び込んだということは、この国で何か素晴らしいことが起こっている証ではないでしょうか」と言ってくれてたしね。

浅田 彰 しかし、去年はジャック・デリダも死んだでしょ。【*浅田・注

田中康夫 そうだね。

浅田 彰 フランスではミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズ、ジャック・デリダっていう三人の哲学者が世界的に知られてて、彼らがいかに難解なものを書いても世界中が注視してた。そういう人たちもデリダで終わったわけ。優秀な弟子たちはいるけれど、やっぱり違うからね。で、何だかんだ言ってデリダもソンタグもシックスティーズ(六〇年代)の人なんだな。シックスティーズから四〇年が経って、いよいよ年貢の納めどきってことなのかもしれない。で、問題はその次の世代。やっぱりフランスでも全共闘世代ってのが反動化するんだね。一時は毛沢東思想とかにかぶれてたやつらがみんな、一転して、ヨーロッパの人権思想は素晴らしいとか、デリダの反人間主義はいけないとか言い出す。『68年の思想』(法政大学出版局)っていう本でアラン・ルノーと共にそういう批判を展開したリュック・フェリーなんかは、それでシラク政権の教育相にまでなっちゃったんだからね、教員ストとかで散々な目にあってこないだクビになったけど。

田中康夫 何でだろう。単純だね。

浅田 彰 ホントに(笑)。でも日本でもだいたい同じで、全共闘世代の作家や批評家はだいたい主体の内面に帰ってそこに安住してるわけだ。おめでたい話だよ。


●天才たちの凄さ

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浅田 彰 今年ってアインシュタインの「奇蹟の年」から一〇〇年目の年でもあるんだよね。

田中康夫 何それ?

浅田 彰 一九〇五年に彼がノーベル物理学賞級の論文を三つも発表したわけ。特殊相対性理論が一番有名だけど、あとは光電効果に関する光量子仮説、それとブラウン運動の理論。二〇〇五年はその一〇〇周年を記念して「世界物理年」ってことになってる。

田中康夫 なるほどね。

浅田 彰 その後、量子力学というのが一応できあがるんだけれど、数学的には厳密に裏付けられてないし、確率的な波として存在するものが観測の時点で収束して粒子に見えるっていうあたりもトリッキーな感じで、アインシュタインは認めようとしなかった。それが二一世紀になって、ようやく数学的裏付けもできそうになってきたし、電子も一個単位で操作できるから観測できるかもしれない、それを使って量子コンピュータなんかもできるかもしれない、ってところまできた。そういう意味では、一九〇五年から一〇〇年かかってようやく量子力学の世紀になってきたといえるのかも。

田中康夫 一九〇五年って、まだアインシュタインは二十代だよね。

浅田 彰 そう、二六歳かな。研究者として大学に残れず、スイスの特許局に勤めて貧乏生活をしながら研究を続けてたわけ。まぁ、あとは一般相対性理論くらいで、それ以外はほとんど一生何もやってないんだけど(笑)。
ちなみに、ブラウン運動についても、後にサイバネティクスで有名なノーバート・ウィーナーとかが研究を進め、伊藤清っていう日本人数学者が確率微分方程式の理論を確立して理論的な裏付けを与えたわけ。戦時中だったからその論文はガリ版刷りなんだよ。その後も、九八年に京都賞を受賞するんだけど、ずっと慎ましい生活だった。でも、いま金融工学とか何とか言って騒いでるのは、全部その応用に過ぎないの。


田中康夫 へぇそうなんだ。それもノーベル賞級じゃない。

浅田 彰 逆に言えばノーベル経済学賞ってのがほとんど無礼なんだな、伊藤の理論を応用しただけの金融工学の研究でマイロン・ショールズとロバート・マートンに九七年のノーベル賞を与えてるんだから。で、二人がやってたLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)っていうヘッジ・ファンドが九八年に空前の大損を出して破綻するというありさま(笑)。それであわてて、社会的選択の問題や発展途上国の貧困の問題に取り組んできたアマーティア・センを翌年の受賞者に選んだの。イデオロギー的には市場原理主義が世界を席捲してるけど、理論的には、「市場の失敗」を分析し、政府にも役割がある、互酬に基づくコミュニティにも役割があるといった認識が広がってきてる。そういう変化を象徴する人選だったと言えるかもしれない。
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田中康夫 そういうつながりがあるんだ。

浅田 彰 日本人数学者ってことで言うと、二〇〇四年にはイェール大学の角谷静夫も死んだ。彼は関数解析を中心に広い範囲で重要な業績をあげるんだけど、たぶんフォン・ノイマンに言われてちょっとしたサイド・ワークのつもりで「ブラウワーの不動点定理」を拡張した「角谷の不動点定理」ってのを証明したわけ。新古典派経済学で市場均衡が存在するとか、ゲーム理論でナッシュ均衡が存在するとかいうときの存在証明は、全部それに基づいてるの。これまた年末に死んだジェラール・ドゥブリュー(ドブルー)も含め、ケネス・J・アローをはじめとする経済学者たちが、それによって市場均衡の存在を形式的に証明したわけ。だから、理論経済学者で「カクタニ」の名を知らない人はいない。だけど本人にしてみれば、あんな定理はちょっとした余技だと思ってたんだと思う(笑)。

田中康夫 ノイマンのゲーム理論も余技だっていうしね。

浅田 彰 ちなみに角谷静夫の娘のミチコ・カクタニってのは『ニューヨーク・タイムズ』の書評家で、それこそアメリカでは大学人なんかよりはるかに影響力があるんじゃないかな、スーザン・ソンタグとまではいかないまでも。
 そうそう、書評といえば、芥川賞が阿部和重、直木賞が角田光代に決まったけど、あれって新人賞じゃなかったの? 両方とも誰もが認めるとおり実力派の作家だと思うけど、それだけに今さら何だっていう違和感があるね。そもそも、芥川賞は、村上春樹も高橋源一郎も山田詠美も田中康夫も島田雅彦も取らなかった賞なんで、一〇年前くらいだとかなり存在感が希薄になってたんじゃない? そういう取りこぼしを避けるために、今さらながら阿部和重なんかにやったんだと思う。しかし、むしろ平野啓一郎から金原ひとみや綿矢りさにいたるまで、ゴミでも何でもいいから若いやつにやることでなりふりかまわず話題作りをしてきた、その作戦があたって芥川賞が話題として妙に復活してきちゃったのが問題だな。そういう意味では、今回も、綿矢りさと同学年っていう白岩玄の『野ぶた。をプロデュース』が受賞すれば、芥川賞ってのはそういう賞になったんだってことがはっきりして、むしろよかったのに(笑)。「内村プロデュース」とかですぐに若手芸人をつかってドラマ化でもできそうだしさ。



●いよいよ始まる愛知万博

浅田 彰 愛知万博、いわゆる「愛・地球博」ってのが、いよいよ三月から始まっちゃうみたいね(http://www.expo2005.or.jp/jp/)。環境万博で環境を破壊するくらいなら、最初からやめといたほうがいいって、われわれは一貫して言ってきたわけだけど。

田中康夫 とはいえ、長野県もブースは出すんだよ。針葉樹と広葉樹だと土の中がどう違うかってのを見せる。どちらの腐葉土が早くものを分解するかとかさ。

浅田 彰 面白そう。あまりお金もかからないだろうし。

田中康夫 他の中部圏の出し物の中でもお金はかかってないと思うけど、けっこう面白いと思うよ。長野県のどんぐりとかを持ってきて断面で見られるようにする。

浅田 彰 ガラス張り知事室もそこでやればいいじゃない(笑)。ヤッシーの生態とかいって。

田中康夫 その期間ずっとそこで僕が執務(笑)。
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浅田 彰 この対談もそこでやればいいじゃん。

田中康夫 いいかもね、それ考えようよ。地球博に関わってる中沢新一とか残間理江子とかも呼んでバトルするとか(笑)。(その後、万博協会に確認したところ返事があり、他の中部地方の県との兼ね合いや、スペース問題もあり、この時期になって言われても、と出来ない理由が列挙されてきている(苦笑)。)

浅田 彰 でも、この地球博って、最初に隈研吾が降ろされ、堺屋太一も派手なことをやろうとして降ろされ、結局、一九七〇年大阪万博の生き残りの菊竹清訓と泉眞也が総合プロデューサーだよ。もう二〇世紀じゃないっての。

田中康夫 また随分とご高齢の方々が出てきちゃったな。

浅田 彰 菊竹って沖縄海洋博の空間プロデューサーだったんだけど、あのときのアクアポリスなんか屑鉄として台湾に売られていったんだから(笑)。

田中康夫 菊竹は長野オリンピックの空間構成監督もやってる。まぁ、そういう手合いでないと何を言い出すか判らないから怖いってことなのかな。

浅田 彰 あと「大地の塔」ってのがある名古屋市のパビリオンの総合プロデューサーは、なんと藤井フミヤだからね(笑)。

田中康夫 チェッカーズのね。すごい話。

浅田 彰 しかも彼に名古屋市が三〇〇〇万を超える報酬を払ったっていうんでしょ。どう考えても名前を借りただけだろうに。

田中康夫 電通が斡旋したんでしょ。

浅田 彰 電通は、ロバート・ウィルソンの大規模なパフォーマンスでも、ものすごい上前をはねてるって話だよ。

田中康夫 で、何をやるの?

浅田 彰 温泉に巨大な猿がつかってるコンテを見たけど(笑)(http://www.expo2005.or.jp/jp/N0/N2/N2.1/N2.1.20/index.html)。ウィルソンにしてみれば、極東の万博でひどいことをやったって欧米での評判にはさして響かないんで、「やり逃げ」ってことじゃないかな。万博なんてやったらこうなるに決まってるのに。まったく懲りないやつらだよ。そういえば、池田亮司がウィルソンに音楽を頼まれて、あんまりひどい企画だから断ったらしいんだけど、フランス人の奥さんが怒ってたよ、あの仕事を受けとけばマンションのローンが楽々払えてたのにって(笑)。


●沈下する大阪

浅田 彰 民主党の河村たかしが今年四月の名古屋市長選に出るって話があったけど、党の推薦が得られず潰れちゃったね。

田中康夫 河村も下手なんだよ。早くから出馬するなんて言っちゃうからTVのレギュラー番組にも出られなくなっちゃったわけ。それとやっぱり名古屋の有権者たちも、一つの選挙区の議員ならともかく、あの河村が名古屋の顔じゃあなっていうのがあったのかな(笑)。しかも、ちょうど万博をやっているときでもあるし。だからって、役人上がりの現職が相応しい顔なわけでもないけどさ。

浅田 彰 ある意味、河村は名古屋らしくっていいのに(笑)。

田中康夫 それと結局、民主党は自治労から支持を受けてるんで、公務員の給料を下げるなんて言ってる河村はけしからんって話。どうしようもないよ。労働者の二割も加入していないのに、連合が労働者の代表だなんて話が、そもそも間違っている。投票率二割の選挙で選ばれた首長を、信任したとは言わないでしょ。

浅田 彰 仕方ないから河村には「総理をねらう男」として改めて頑張ってもらおう。でも、市長選だって大事だからね。たとえば大阪市なんて元助役が一年前に市長になったけど最悪だからさ。

田中康夫 関淳一?

浅田 彰 そう。祖父さんも助役から市長になって御堂筋をつくったとかいう人物なんだけど、孫は旧体制に乗っかってるだけ。とにかく、今まで労組となれ合って、ラスパイレス指数(国家公務員の給与を一〇〇とした場合の地方公務員の給与水準)が全国最高レヴェルなんでこれ以上賃上げできないから、闇手当をいっぱいつけるとか、空残業をバンバンやるとか、ウラ退職金やウラ年金を出すとか、共済組合の保険金のプールに公金を投入するとか、めちゃめちゃやってきたわけでしょ。制服と称して背広まで支給してる(形式上は貸与だけど返さなくていい)。たしかに胸ポケットに「Osaka City」っていうロゴの入ったふたがついてるんだけど、それをポケットに入れちゃえば背広そのものなんだから(笑)。そういうのが続々とバレてきたんだけど、市長は昔から自分も市役所にいたから、連帯責任を負ってるし、徹底した責任追及ができない。それこそ河村たかしみたいなやつが外から乗り込んでこないと。
さらに大阪市は、堺屋太一チェンチェイの発案した素晴らしい大阪ワールドトレードセンター(WTC)やアジア太平洋トレードセンター(ATC)、あるいは大阪ドーム、その他、第三セクターが軒並み経営破綻して特定調停になるという悲惨な状況。ニューヨークのWTCは飛行機が突っ込んで崩壊したけど、大阪のWTCは財政的に内破してるわけよ。


田中康夫 大阪市にはフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー設計のド派手なゴミ焼却場もあるよね。素晴らしいんだけど、あれ、どうして彼のデザインが可能となったんだろう。コンペをやったら通るわけないから、随意でなければできないはず。もし長野県で僕がやったら大変な騒ぎになるよ(笑)。無駄な公共事業費だと県議会ならぬ「嫌疑塊」の皆さんは、元気付いちゃうね(笑)。

浅田 彰 そもそも、前からあった南港の埋立地さえ空き地だらけなの。その真ん中のWTCビルなんて、もともと無理な採算計画だったのに、関西国際空港の完成に伴って泉佐野市がりんくうゲートタワーっていう高層ビルを建てたら、それより高くしろって言って当初の計画の倍ぐらいにしちゃったんだから(笑)。

田中康夫 で、今や市の水道局とか建設局が入ってる。どこがワールドトレードセンターなんだか(笑)。

浅田 彰 それでも懲りず、さらにオリンピック誘致を目指して「舞洲」「夢洲」っていう埋め立て地までつくったら、結局オリンピックは来ないことに。舞い上がったけど夢に終わったってわけ(笑)。フンデルトヴァッサーの巨大な御伽の城みたいなゴミ焼却場なんかも、その荒漠とした埋立地に建ってるんだよね。まさにシュールレアリスティックな風景だよ。

田中康夫 さらに関西ってことで言うと、関空に新たに就航したり便数を増やした会社にインセンティブを出すんだって。年間三〇億の予算で。これを出すのが大阪府、大阪市、兵庫県、神戸市、あと和歌山県なの。兵庫県、神戸市は神戸空港までつくるのに関空の便を増やすインセンティブのお金を出すって、なんとまぁ人のいい隣人愛だろう(笑)。震災から一〇年でそんなボランティア精神を学んでもしょうがないだろって話なんだけどさ。その点京都はお金を出さないんだって。やはり京都ってなかなか鋭いよね。

浅田 彰 関空って、一期工事でも、いまの二期工事でも、数百億円の漁業補償を出してるの。ところが、浅瀬がたくさんできたから、実は魚が増えちゃって漁獲高が上がってるらしい(笑)。

田中康夫 漁協の皆さんって、こうした不労所得が多いよね。中部国際空港で愛知県のみならず三重県側も補償成金。淡路島の皆さんも神戸空港と関西空港で二倍美味しいグリコ状態。

浅田 彰 まぁ、いずれにせよ今の大阪市は最低だと思うよ。前の市長はオリンピック誘致で失敗したものの、まだ同和問題とかで頑張ってたのに。

田中康夫 河村たかしも大阪ならよかったかな。いや、その前に社会的に抹殺されていたかな(苦笑)。「信濃毎日」を中核とする長野県の“マッカーシズム”も凄い状況だけど、いやはや、世紀末ならぬ世紀初めのニッポンは恐ろしや恐ろしや(笑)。


(了)

【*浅田・注】

 デリダの死後、京都大学で鵜飼哲・柄谷行人と三人で行なった「Re-membering Jacques Derrida」と題する追悼シンポジウムの記録を再構成したものが、『新潮』2月号に掲載されている。
 なお、このシンポジウムの記録を勝手に文章化したものが「はてなダイアリー」の中の「Vrai-Faux Passeport」というページに載せられていたので、雑誌掲載の後、次のようなコメントを送った。(ただ、このページには「はてなダイアリー」の外部からはコメントを書き込めず、書き手であるdetheoria氏の名前も連絡先もわからないので、「はてなダイアリー」に参加している知人を経由した投稿という形を取らざるを得なかった。)


 私たちの座談会に関心を寄せていただき感謝します。ただ、このところ公開の催しでよく言っていることがあります。「この種の催しの後、記録や要約を勝手にネット上に発表する人がいるけれど、できれば公表は控えてもらいたい。もとより、著作権を強く主張するわけではないし、公表を現実に抑止する力もない。ただ、もし自分が著述家だったとして、自分が即興的に話したことが勝手に記録され、チェックすることも修正することもできないまま聞き間違いや誤解などを含む形で公表される[そして悪くするとそれがまた別のところで引用され論じられる]という事態を考えてみれば、それがいかに困ったことかは想像に難くないはずだ。公開とはいえライヴのイヴェントだからこそ言えることもあるのだし、むしろ、疑問や異論があればその場でぶつけるようにしてもらいたい。」デリダ追悼シンポジウムの当日にはこのことは言いませんでしたが、この座談会についても同じことを言わずにおれません。とりあえずの「決定版」が『新潮』2月号に掲載されたことでもあり、あらためてご検討ください。そもそも、これだけの記録に費やされたエネルギーを、もっと生産的な形で活用する機会はなかったのでしょうか。


 このコメントには私のメール・アドレスも記しておいたのだが、直接のレスポンスはなかった。他方、このコメントが投稿されたあと、「Vrai-Faux Passeport」には「とりあえずの『決定版』」の掲載された『新潮』2月号が「絶賛発売中」として紹介され、その上で「悪意を持って、間違いや歪曲などをふんだんに含む形で、また、それが別のところで引用され論じられる、という悪循環を、恣意的に狙ってアップロードされたものに間違いありません。だけど、それが多かれ少なかれ、情報一般に伴う条件であることも心に留めつつ、時間に余裕のあるかたは、各々の批判的読解能力を試してみてはいかがですか。『決定版』による答えあわせをお忘れなく。」という記述のもと、追悼シンポジウムの記録を関西弁に変換したものが重ねて掲載されるに至った。洒落た対応をしたつもりなのだろう。私はもう一度だけ下記のようなコメントを寄せようと考えた。


 シンポジウムを勝手に記録したものが公開されるというのは、画家の展覧会を勝手に模写したものが公開されるようなもので、それに基づいてそのシンポジウムや展覧会のことが論じられるとすればやはり問題でしょう。たとえば印象派の展覧会のカリカチュアが当時の新聞に出たように、カリカチュアにしてしまえばいいだろうという考え方もあるでしょうが、それはディーセントな対応とは言いがたいものです。
 そもそも、「情報一般に伴う条件」といいますが、誤解や誤配は「情報一般に伴う条件」だから不可避だし、それでいいのだ、と言い切ってしまうとすれば、それは安易な居直りでしかないでしょう。(デリダに即して言えば、徹底的に正確に読もうとするにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそ、どうしてもズレが生じてしまう、簡単に言えばそういった問題を考えているのであって、安易なコピーが氾濫しオリジナルが雲散霧消していくのが「情報一般に伴う条件」としての「散種」だ、というようなことを言っているのではありません。)とはいえ、私は、旧来のような著作権法や編集・校閲システムなどによって縛りをかけるのがいいと思っているのではなく、できれば個人の自律と、相互のフランクな意見交換によるチェックによって、最低限の情報の正確さを保っていければ、それに越したことはないと思っています。先のようなコメントを送って自省を促したのも、そのためです。
 ついでにいえば、デリダ追悼シンポジウムで私はジョルジュ・ディディ=ユベルマンとジェラール・ワイクマンの論争に触れましたが、「Vrai-Faux Passeport」の「痕跡」展に関する記事でもそれについての誤った記述が見られます。ディディ=ユベルマンの企画した「刻印」展(1997年)にはアウシュヴィッツで撮影された写真は出ていない。それは「収容所の記憶」展(2001年)に出たもので、そのカタログにディディ=ユベルマンの寄せたテクストをワイクマンらが批判することになる。私の発言を正確にフォローすれば、それに関して誤解が生まれる余地はないはずですし、本来ならば、問題になっているテクストや展覧会カタログを自分でチェックして確認してから、それについて書くべきところです。旧来のアカデミック・トレーニングのシステムや編集・校閲システムの下では、それがpublicationにあたっての当然の手続きでした。繰り返しますが、そういうシステムによって縛りをかけるべきだと言っているのではありません。そういう反動的な主張に対抗するためにも、ひとりひとりがもっと正確さを期して責任をもった発言をすべきだと言っているのです。


 ところが、「はてなダイアリー」のメンバーである知人は、このコメントを重ねて代理投稿することを断った。むろん、それは当然の権利である。同時に、彼は、私が自分のウェッブ・ページをもって、そこにこのようなコメントを書き込むよう示唆したのだが、自分のことを人に知らせたいというコミュニケーション欲求がきわめて低く、そもそも怠惰きわまりない私としては、自分のウェッブ・ページをもつなどということは論外である。そこで、たまたまこのページの更新時期だったこともあり、一般性のある話題でもあると思えたため、ここに注として書き込んでおくことにした。確認するが、私がdetheoria氏に悪感情などもっていないことは言うまでもない(だからこそ直接レスポンスができるようにしたわけだし、今もそれがいちばんいいと思っている)。彼のページだけが問題なのではなく、ウェッブでよく見られる情報のルースな取り扱いが問題なのである。

(終)


次回更新は2月下旬の予定です!



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