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トップ ■ 連載 第二十四回「続・憂国呆談」番外編Webスペシャル
 2004年8月号

憂国放談    ............... ■ 瀬戸内海に浮かぶ二つの小さな島──直島と豊島。そこには現代ニッポンが抱えるさまざまな問題の縮図があった。今月は時事問題を離れ、より根元的なこの国の課題について語り呆ける!
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瀬戸内の島々から


●直島「ベネッセアートサイト」
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浅田 彰 本誌に載ったように今回は瀬戸内海の直島で安藤忠雄の新作「地中美術館」を初めとする「ベネッセアートサイト」を見たわけだ(http://www.naoshima-is.co.jp/。さしあたり『美術手帖』9月号に詳しい紹介がある)。第一期にできた美術館とホテルは、杉本博司の「海景」シリーズを野外展示する海に向かったテラスなんて、いま見てもやはり素晴らしいし、第二期にできた岬の天辺のホテル別館は、瀬戸内海を見晴らす景色がなかなかのもの──むろん田中さんの言うように地中海の青とは全然違うけど、それを言ったらお終いだからね(笑)。そして、第三期の「地中美術館」になるわけだけど、傾斜したコンクリート壁をもつアプローチといい、空を四角く切り取った中庭といい、なかなかパワフルな建築だと思う。むろん、第二期部分の泉のあるパティオの壁の色彩がルイス・バラガン風であるように、第三期部分はクロード・パラン&ポール・ヴィリリオのトーチカ風建築をダニエル・リベスキンド風に鋭角化したような感じのところもあったりするけれど、総じて安藤忠雄は良くも悪しくも昔から一貫して変わらないって印象のほうが強い。

田中康夫 南青山のFROM1stの隣、コレッチオーネを想い出した。こうした以前に設計したファッション・ビルと似ているんだね、ドア・ノブのようなディテールにいたるまで。とすると、この環境で、しかも美術館やホテルとしてどうなのかっていう疑問もあるわけだけど。

浅田 彰 まあ、客室のプライヴァシーをあえて多少犠牲にしたデザインなんていうのも、いかにも安藤忠雄らしい。

田中康夫 彼はこうやってずっと同じスタイルを貫いてきたわけで、それはすごいことでもあるけれど、それぞれの土地や環境、あるいは建物の性格との関係はどうなるのか。他方、妥協なしに同じスタイルを貫いてきたおかげで“禅”風味の日本的ミニマリズムとしてヨージ・ヤマモトの服なんかと同じように世界的に評価されてきた側面も有るわけでしょ?

浅田 彰 それはそのとおり。ただ、「地中美術館」は展示するものに即してかなり空間を変えたほうではあると思うよ。神殿を思わせる誇大妄想的な空間の四周に金色の列柱が立ち並び、ど真ん中に巨大な大理石の球が置かれたウォルター・デ・マリアの部屋なんかは、作家の誇大妄想に寄り添いすぎてるくらい。あれはデ・マリアにとっても致命的で、たとえば、かつて砂漠に400本のポールをグリッド状に配置し落雷を誘った、そのリテラルな徹底性は失われ、あのポールも実はこんなシンボリック(悪い意味で)なものだったんだってことになって、せっかくのミニマリスティック・ランドアートが大げさな擬似宗教芸術に回収されてしまいかねない。
 他方、光をほとんど触知可能な「もの」として体験させるジェイムズ・タレルの部屋は、さっきの空を見上げる中庭も含め、彼の作品の中でもいいものだと思う。実は、タレルは飛行機を操縦しながら大気の中での光の変化を楽しんだりする芸術家なんで、やっぱり飛行機の好きな福武總一郎と意気投合して、一緒に飛んだりもした。インテリぶった付き合いじゃなく、そういう仲間付き合いがあったのがよかったんじゃないかな。
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 そして、モネの「睡蓮」が並ぶ部屋。モネ自身が睡蓮の大作を飾ったパリのオランジュリーのように上が天窓のようになってたほうが水中のような感じもして面白いと思うけれど、角砂糖のような白大理石を何千個も敷き詰めた床は見事だし、フレームまで白大理石とこだわってるところもすごい。

田中康夫 ふーむ。ただ、クロード・モネとウォルター・デ・マリア、ジェイムズ・タレルの現代美術だけが展示された地中美術館には日本人の魂が宿る、なぁんて難解なる理論を、福武總一郎が開館記念パーティの挨拶で開陳してたのにはまいった(笑)。浅学非才の僕にはおよそ理解できなかったよ。

浅田 彰 オープニング・イヴェントだってのに、プレスにもいっさい写真を撮らせないイメージ管理も、ちょっと極端だと思ったな。まぁ、作品だけで満足できるかといえば疑問だとはいえ、それらを体験することと迷路のような建築空間を体験することを併せれば、たしかに他に類を見ない美術館として見ごたえはあると思う。
 あとは、以前からある美術館の近くに大竹伸朗の船のオブジェが散乱してるところや、桟橋の先に草間彌生のカボチャが寂しく置かれてるところ(台風で流されたこともあったらしい)なんかも、なかなか面白い。さらに、近くの本村っていう集落には江戸時代からの立派な民家が残ってて、それが空き屋になっていくのが惜しいから、現代美術と組み合わせて展示をやってるのは面白いね。
 たとえば、一階の床をぶちぬいて水をはり、そこにLEDカウンターを散乱させた、宮島達男の作品。それ自体は彼のいつもの作品なんだけど、実は、125個のカウンターひとつひとつのスピードを125人の村人が集まって決めたって言うんだね。だから、ある老人でも、ここに来るとどのカウンターが自分のだってわかる。それで、死後は墓よりこの作品を見に来てくれ、なんて言う人もいるらしくて、本当を言えばLEDより石の墓のほうがずっと長持ちすると思うけれど(笑)、まあそういうふうに現代美術の作品がひとつの村の精神的な紐帯として機能してるとすれば、とてもいいことだと思う。
 他方、改造した民家の中に、一度に一人だけで入って10分あまり瞑想するっていう内藤礼の作品は、どうしようもないシロモノ。だいたい、そういう設定自体が妙にナルシシスティックでしょ。この「東洋的」かつ「女性的」な「瞑想空間」にコロッとイカレちゃう外国人が多いのは困ったことだよ。
 あとは、暗闇に目がなれて光の面がボーッと見えてくるのを待つタレルの作品を安藤忠雄の建築に収めた「南寺」があり、神社の巨大な石舞台の下の石室に、大胆にも光学ガラスの塊を重ねたガラスの階から光が降り注ぐっていう、杉本博司の「護王神社」がある。どうも、社の木造部分に不満があるらしい杉本博司は、こないだ直島で山火事があったとき、「あれ、木のところなんか燃えちゃったらいいのに」なんて言ってたけどね(笑)。
 まあ、これだけでどうってことはないにせよ、美術館&ホテルが内部で閉じずに外部の歴史地区にも現代美術をもって介入していく、それでその地区をも活性化しようとするってのは、興味深い取り組みだと思う。
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 本当は、さらにその先まで行こうとしてたのが、数年前に島の各地に散在する会場で開かれた「スタンダード」っていう展覧会なんだよね。後でも言うように、いまや南部の「ベネッセアートサイト」で知られるこの島は、北部の三菱金属(現在の三菱マテリアル)の製錬所によって徹底的に自然を破壊された島でもある。公害もあったろうし、病気もあったろう。それで、昔の工場に付属する「ふれあい診療所」っていう建物に、いくつかの作品、たとえば、キラキラ光る海景写真で有名な緑川洋一が戦後初期に社会主義リアリズムの方法で撮った直島や宇和島の工場労働者の写真を展示したりしてて、それはものすごい迫力だった。ポストモダンな美術館とホテルから出発し、プレモダンな江戸時代からの民家なんかにも手を伸ばしてるわけだけど、あらためてモダンな産業資本主義の負の遺産にまで手を伸ばせられるかどうかが大きな問題だね。

田中康夫 しかし、ベネッセはいつからこの島とかかわってきたの?

浅田 彰 受験産業の「進研ゼミ」で会社を築いた先代の福武哲彦が、勉強やスポーツの合宿に適した海辺のキャンプ場として、直島の南部を手に入れたんじゃない? 彼は、一方で名編集長の寺田博を福武書店(ベネッセコーポレーションの旧称)に招いて『海燕』という文芸誌を出し、島田雅彦からよしもとばななまで、文芸誌としては驚くべき「打率」を記録したし、他方で国吉康雄の絵を集めたりもしてた。文芸出版も含め、メセナみたいなものだったんだろうな。

田中康夫 そうなんだよ。ところが、息子である總一郎はそうした儲からないことは全部やめ、派手な建築やアメリカ美術のほうに向いてっちゃったわけでしょ。その辺がどうもなぁ……。

浅田 彰 柄谷行人と僕がやってた季刊誌『批評空間』も一時は福武書店から出てたんだけど、一瞬にしてお払い箱(笑)。でもまあ、僕はそれでもいいと思うわけ。文化への投資はいっさい無駄だからやめるっていうんじゃない、安藤忠雄と新しい建築環境をつくりたいとか、父親とは質の違う美術コレクションをつくりたいとか、二代目としてそういう新しいヴィジョンがあってもいいわけじゃない? むろん、いま言ったような経緯もあるんで、僕だってベネッセコーポレーションになってからの方向を無批判に評価してるわけじゃ全然ないけどね。

田中康夫 『海燕』みたいな雑誌は残しておけばよかったんだよ。別に文芸誌という位置付けにこだわる必要もないんだから。それこそ、美術や音楽や建築も扱う『Kaien due』なあんて媒体を作って、フジサンケイグループに対抗する文化賞を設ければ、父親へのエディプスコンプレックスを良い意味で超克出来たと思うよ。

浅田 彰 しかし、まあ、主に安藤忠雄ならではのマメな営業力をフルに発揮した派手な開館記念パーティだったね。“塩爺”がいて、香川と岡山の知事がいて、横浜の市長がいて、フランス大使がいて……。

田中康夫 僕は“塩爺”の隣の席だったんだけど、東洋大学総長になってからますます意気軒昂だね、彼は。あと、日本経団連の奥田碩がいて、森ビルの森稔夫妻がいて、三井住友FGの西川善文がいて、島津貴子がいて……。しかし、半年も前から是非、スケジュールを空けておいて欲しいと僕も浅田さんも言われ、招待状がきて、飛行機のチケットとホテルのクーポン券も届いたと思ったら、そこに旅行代金の振込用紙が同封してあるってのはどういうことよ? さすが岡山商人のやることは違うぜ(苦笑)。見習わなくちゃ。

浅田 彰 また、バスケットに入ったランチはよかったものの、アディダスで統一されたお土産グッズはひどい。だいたい、帽子やタオルが入ってるんで、お土産というより、最初に配って暑さ対策に使ってもらうべきものなんだけど、とにかくデザインがひどい。だけど、翌日、船で潮をかぶったりもすると思って、仕方なく生まれて初めてアディダスってものを身につけたわけよ(笑)。そしたら、たしかに機能的ではあるみたいなんで、案外バカにできないかも(笑)。

田中康夫 ヘンなキャップをかぶったやつがいるから、どこのフリーターの兄ちゃんかと思ったら、浅田彰だったって、どうなってんだよ、これは(笑)。
 しかも実費請求には後日談があって、アルファパーチェスという物品購入費を削減するから今までの費用の2割をアドヴァイス料として頂戴な、という会社があって、ここの社長の松本洋が翌週、ガラス張り知事室ヘやって来た。雑誌記事の白黒コピーを出して、地中美術館へ行って下さい、私はベネッセの社外役員です、と手渡すの。元々は総天然色の雑誌記事だから、成る程、経費削減とはこういう厳しさか、と教えられたんだけど(笑)、これはないよね。で、航空券の話をしたの。最初から自己負担だったら、全日空のネットで早めに自分で割引手配しておいたのに、手配してくれるという言葉を好意的に信じて待っていたら、フルフェアで買い求めろだなんて、こうした経費削減策をベネッセに教えてるのね、君の会社は、と申し上げた(笑)。すると翌日、ベネッセの秘書から僕の携帯電話にパラノイア的な電話の回数。会議中だったから秘書が出ると、交通費を請求したのは田中様に対してだけの当方の手違いなのでお返ししたい、って言うの。おいおい、浅田彰様にも同様の仕打ちをしたでしょ、担当役員は何を考えてるの、社外役員が意見しただけで簡単に方針を変えるのはいけないよ(苦笑)。すると、今度は担当役員から電話が掛かってきた。ところがドッコイ、電話口に出たら、御用件は?って先方が聞くんだよ! 田中様が担当役員と話をしたい、と仰っていると部下から聞いたものですから、電話を掛けました、だって。あのねぇ、こっちも忙しいんだから、ちゃんと把握してからお掛け直しになったら、と切っちゃった。で、夕方、僕の秘書がメモを持ってきた。取り立てて田中様からご要望がないようなので、改めてご連絡を下さるまでこの件はペンディングとします、だって。いやはや、何処の組織も悩みは深いのぉ(苦笑)。



●豊島産廃問題の歴史

浅田 彰 ともあれ、招待されたコースでは満足しないわれわれは、翌日も直島とその隣にある豊島を訪れた。前日には見えなかった裏の部分を見たって感じで、いや、面白かったね。
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 たとえば四国新聞の少し前の連載記事を読むとよくわかるように(http://www.shikoku-np.co.jp/feature/shimabito/index.htm)、そもそも豊島と直島は因縁が深い。日本の公害問題、ひいては環境問題は、足尾鉱毒事件に始まるわけで、田中康夫は100年後の田中正造でもあるって話があったけど、大正期、そういう煙害その他の問題があって、もう本土ではやりにくくなった銅の製錬を三菱金属(現在の三菱マテリアル)が島でやろうってことになる、それを豊島が断ったんで直島にでき、直島は豊かになった代わりに自然を破壊された。ちなみに、この近くには大島(香川県)の青松園や長島(岡山県)の愛生園といったハンセン病の療養所(もと隔離施設)もあって、昔はなんとなく「島流し」的な感覚があったのかなとも思うね。
 ところが、近年、たまたま60万トンもの産業廃棄物が豊島に不法投棄されてたことが住民の告発で明らかになり、責任者にはとても原状回復の力がないことがわかって、中坊公平なんかの努力もあり、やっと公的に処理することになった。豊島の問題の地域には、まだまだ産業廃棄物が大量に埋められ、厚いシートで覆われてる。


田中康夫 豊島って、僕が畏兄と仰ぐ戦前の社会運動家・賀川豊彦にゆかりのある島なんだ。彼が力を入れた乳児院や特別養護老人ホームがあって「福祉の島」とも呼ばれてる。そんな歴史をもつ島に、もとは天理教の布教で移住したとされる人物によって豊島総合観光開発(株)というのができて、1975年、有害産業廃棄物処分場をつくるための許可を香川県に申請した。違法埋立を繰り返してきたこの業者の前歴を懸念した島民たちは、有権者の全員近い反対署名を集め、県知事と県議会に提出したんだね。ところが当時の前川忠夫・香川県知事は、77年2月15日に豊島を訪れ、とんでもない暴言を吐いた。「事業者は住民の反対にあい、生活に困っている。要件を整えて事業を行えば安全であり、問題はない。それでも反対するのであれば住民のエゴであり、事業者いじめである。豊島の海は青く、空気は綺麗だが、住民の心は灰色だ」、とね。

浅田 彰 その信じがたい発言が、以後の行政と住民の軋轢の原因になるわけだ。

田中康夫 そう。で、知事が許可の方針を撤回しないんで、島民たちは世帯主の全員近い583人が原告となって事業者を相手取り、処分場の建設差止請求訴訟を高松地方裁判所に起こした。すると事業者側は、許可申請の内容を「有害産業廃棄物の運搬・処理」から、なんと「ミミズによる土壌改良剤化処分業」に変更しちゃう(笑)。

浅田 彰 持ち込む廃棄物を製紙汚泥、食品汚泥、木屑、畜糞に限定し、それを餌にミミズの養殖をするって名目だったらしい。

田中康夫 すると県知事は裁判中にもかかわらず78年2月1日、この事業を許可。住民側は10月19日に裁判上の和解を強いられた。ところが処分場が操業開始してしばらくたつと、危惧していたとおり、シュレッダーダスト(自動車の廃プラスティック類)、廃油、汚泥、ドラム缶に詰められた中身不明の液状物なんかがドンドン運び込まれるようになった。なのに香川県は、それを指摘する住民たちに対して、「処分場ではミミズの養殖が行われている」「シュレッダーダスト等は有価金属の回収原料である」といった回答を繰り返したわけ。

浅田 彰 大量の野焼きも行われてて、猛烈な悪臭と煤煙がまき散らされ、島民にも喘息患者が多く出てたってのに。

田中康夫 なぜ60万トンにも及ぶ廃棄物違法投棄を行政は放置し続けたのか。県知事が「ミミズ養殖」として許可を与え、公安委員会も「古物商」として許可してしまった以上、面子を死守せねば、と考えてしまったからなのかな。往々にして組織における「誠意」って、市民に対する「悪意」と化すんだよ。
 90年11月16日になってようやく、しがらみとは無縁の兵庫県警察本部が業者を廃棄物処理法違反容疑で摘発。大団円が期待されたけど、県側の動きは事業者への廃棄物撤去命令にとどまっちゃう。

photo ○豊島の不法投棄現場。産業廃棄物はシートに覆われている

浅田 彰 香川県なのに兵庫県の警察が入ったってとこも意味深長だね。ともかく、実際には事業者に当事者能力はない。そこで住民たちは、違法操業を見過ごしてきた香川県に産廃の完全撤去を求めたわけだ。ところが、県は責任を認めようとしなかった。

田中康夫 義憤を感じた中坊公平ら5名の弁護士が無報酬で弁護団を結成。そのアドヴァイスもあり、93年11月11日に住民549人によって「産廃を撤去せよ」という公害調停申請がなされた。その後の住民たちの努力は素晴らしかった。「豊かさを問う」っていう廃棄物対策豊島住民会議(http://www.teshima.ne.jp)の記録誌には以下のような文章が載ってるんだ。
「100万県民に、豊島の公害調停の実情を知ってもらい、あわせてご理解を得たく、県下100ヶ所で座談会をと、1998年より、昼のチラシ配りと夜は座談会をの活動が始まった。手始めは小豆島からである。10班編制で各班500枚のチラシ配りがノルマである。1枚の地図と名簿だけが頼りで1軒1軒配り、人に会えば説明もしてで、その為の勉強も必要であった……その地の自治会長さんに集会の開催要請しても『皆さんの気持はわかるが立場上ネ』と難色を示され、是非にと懇願した……」。これは50代の男性が記したもの。70代の女性も、次のように述べている。
「1人でも多くのご出席を願い私たちは2人1組で交代をしながら会場周辺の200〜400世帯のご家庭に電話で、座談会開催のご案内をしました……『何で、こんなになるまで、ほっといたんな。今頃いっても、もうおそいわ。』とか『こんなことにかかわりたくありません。』『ア、ハイハイハイ』とそっけなく、ガチャンと切られます……もう電話をかけるのをやめようか。何度思ったか解りません。何にも悪いことをしていない、豊島住民がなぜ、同県人からまで、こんなにも冷たく言われるのかと、無性に悲しくなりました。でも真実が理解されていないからだと思い直しては、又ダイヤルします……出席者はわずかで『労多くして功少なし』の感がありました。続けるべきか、どうかと悩みました。でも1人の理解者によって、2人3人と理解の輪が広がっていくんだと、自分自身に、言い聞かせながら、希望をもって対応して参りました……私たちの悲痛な叫びが、2万余の人々の胸中に深く深く刻まれたものと確信しております」。
 こうして豊島の住民たちは、香川県内5市38町村で100ヶ所座談会を8ヶ月で敢行したわけ。で、ついに2000年6月、調停の最終合意が締結された。有害産業廃棄物を2016年度末までに完全撤去し、その事業の詳細に地元住民が関与することを担保する、という内容でね。


浅田 彰 1975年から数えると25年にもわたる長い戦いが、ようやく一段落したわけだ。そういや、住民運動をやってたときの粗末な事務所が今も島の産廃現場の敷地内に保存されていて、廃棄物の堆積を地層の形で展示してた(公共施設のほうにも拡大版があったけれど)。あれは迫力があったね。

田中康夫 壁一面に幾層にも堆積した産廃の断面が展示されてた。ベネッセアートサイト直島ではお目に掛かれない、ジャスパー・ジョーンズも顔負けの現代芸術だよ。
photo ○住民運動の事務所内にある産廃の地層断面

浅田 彰 そう、アンゼルム・キーファーも形無し。それにしても、ここに至るまで、この件に関するマス・メディアの扱いはひどいものだった。

田中康夫 そのとおり。驚くべきことに、最初に住民と業者の間で和解が成立した78年10月から、兵庫県警の摘発があった90年11月までの13年間、地元紙のみならず全国紙もこの問題を1行も報じていない。島民が、県政記者クラブに何度も視察と報道を要請したにもかかわらずね。護送船団・横並びの記者クラブは、「和解」なる法的根拠を以て問題は解決済みと封印し、次には香川県警ならぬ兵庫県警の摘発を以て大いに報ずる価値あり、と“付和雷同”したんだよ。どうしようもないね。日本を駄目にしている最大の元凶は、護送船団記者クラブ方式を未だ続けるマスメディア。


●「もっとゴミを」という矛盾

浅田 彰 調停が成立し、いよいよ実際に産廃を処理することになるんだけど、当初、県は廃棄物の中間処理施設を豊島内に建設しようと考えてた。で、豊島の産廃処理が終わったあとも施設を有効利用したい、と。ところが住民側は、他地域からの産廃の持ち込みは拒否の姿勢だった。そこで直島に中間処理施設をつくることになった。さっきも言ったように、大正初期にできた三菱の銅製錬所も、はじめは豊島で計画してたのに住民の反対で直島に進出した経緯がある。

田中康夫 もちろん直島のような生き方というのも選択肢としてはあるんだよ。実際に8割の住民が三菱マテリアルの工場に関連して食べてるんだから、三菱マテリアルが撤退したら島自体が存続できなくなっちゃう。そういう歴史を歩んできたところなんだから。実際、潤沢な財政ゆえに、直島町は他の市町村との合併とは無縁でこられた。
 逆に自治の精神に満ちた豊島は、皮肉にも小豆島が主島の土庄町へ昭和30年に吸収合併されちゃってる。さっき紹介した廃棄物対策豊島住民会議の記録誌には次のような記述もある。
「ここ豊島は、昭和30年代に合併を余儀なくされ土庄町の属島となった。このことも島民にとっては大変な悲劇であった。合併により自治権を失ったことが何よりも大きな痛手である。行政にとっては町から県、県から国へと粛々と事が運ばれることが望ましいのであろう。土庄町の支持を得るためには、島以外の町民の理解を得なければならない。町民も県民も『島での出来事』と無関心である以上、まず、理解を得られない。県に抗議する住民は権力に刃向かうことであり、町にとっても県にとってもわずらわしい存在である。話し合う前に排除しようとする。自ら学び、考え、行動することは、政治、行政にも目を向けさせることであり、自らを守ることでもある。主権者たる者の義務である。無関心こそが国を滅ぼす最大の原因である。住民にとっては豊島事件はあまりにも大きな犠牲を強いられた」とね。さっき紹介したような他島での住民たちの努力が必要になった背景には、こうした事情もあるんだ。皮肉だよね。


浅田 彰 まさに今進みつつある市町村合併問題ともリンクしてる。

田中康夫 そう。ただ、現在は直島も一枚岩じゃなくて、中間廃棄物処理場の受け入れのために、反対派だった元讀賣新聞社員の町長を、三菱マテリアル寄りの町長とすげかえたっていうから、どこでも同じようなことをやってるんだね。他方、豊島も初めから一枚岩じゃなくて、大正期も製錬所を受け入れるべきだ、と言う人はいたらしい。だから今回の中間処理施設も豊島に作るべきだったのにまた直島に持って行かれた、と言う人が一部には存在するんだって。まぁ、そう言う人たちはどこにでも必ずいる。近視眼的にしか物事を見られないというか。長野に限らず全国の県議会もそういう感じ。いまだに旧来型の公共事業をやれ、と。建設業者たちでさえ、もう構造転換が必要だ、新しい公共事業の在り方を構築しよう、と言ってるのに。そんな古典派の意見を言い続けても縮小再生産になるだけってことが、旧来型利権に係わってきた連中には判らないんだ。
 ともあれ、豊島の廃棄物と汚染された土壌を、直島に新設した中間処理施設に、無名に近いデザイナーに1000万円を随意契約で支払って作成したミツバチの絵が描いてあるカラフルな専用船で運んで、高温で溶融処理するわけだ。ダイオキシンの発生を防ぐためには、こうした高温焼却炉が必要ってことらしい。何れ詳しく語るけど、それはフィクションでしかないんだ。ダイオキシンを抑制しているのはフィルターなんだから(笑)。もちろん豊島の産廃問題の解決という目的のためであればわかる。ただ、環境がらみのこういう巨大事業が、全国的には新たな公共事業になっちゃってる面はあるんだよね。


浅田 彰 もちろんゴミは処理していかなきゃいけないんだから、それを商売にしようとする人がいるとしたら、それはそれで結構な話。ただ、ダイオキシンの発生を防ぐために何が何でも高温焼却でなきゃいけない、そのためにどんどん巨大な炉を作ろうってことになってくると、話がちょっとおかしくなってくる。どうも手段が自己目的化して極端になるんだよね。とにかく、最新技術を駆使して巨大な焼却炉をつくったから、ミツバチの描いてある船で、豊島からでもどこからでも、蜜のように甘いゴミをどんどん持って来い(笑)と。ちなみに、これまたカラフルなデザインのゴミ運搬専用トラックが50台くらいあって、当然すべて三菱ふそう(笑)。
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田中康夫 なんともわかりやすい。

浅田 彰 田中さんの「『脱ダム』宣言」ってのは、今の話と似ててダム建設の自己目的化をやめようってことでしょ。

田中康夫 そう。ところが、ダムはいっさいまかりならんということか、と反発される。そういう二元論的な話じゃないのに。

浅田 彰 もちろんダムはある程度は必要だし、田中さんもそれを否定してはいない。でも100年に一度の洪水にも耐えうるといったセキュリティの論理でやると、ムチャクチャに巨大なモノを作らなきゃいけなくなる。しかも、上流の森林が荒れて保水力が下がり、ダムに予測をはるかに超えるスピードで堆砂がたまるとかいうことになると、下流が氾濫しててもダムを決壊から守るために放水せざるをえないとか、とにかくダムが自己目的化して論理が逆転しちゃうんだ。

田中康夫 そういえば、今回、安藤忠雄氏の仲介で豊島見学をアテンドしてくれた香川県議会議員の石井亨氏( http://t-ishii.weblogs.jp/blog/)が言ってたけど、すぐ近くの小豆島でも寒霞渓という有名な景勝地のすぐそばに新内海ダムという新たな巨大ダムの建設計画があるんだって。源流から河口まで4キロしかない川に、貯水量106万トン、高さ42メートル、幅447メートルの多目的ダムを造ろうとしてる。

浅田 彰 その話も、昭和51年に台風による集中豪雨で大きな被害があったんで、同程度の災害に備えられるようにしようとして計画が大きくなったらしい。しかし小豆島みたいな小さな島にそんなでかいダムを造ろうなんて、もうシュルレアリスムの世界だよ(笑)。

田中康夫 まったく。僕は公共事業ってのは、外科にたとえると三つあると思うわけ。整形外科と形成外科と美容外科の三つね。治水・利水に関して言えば溜池をつくったりするのは整形外科、つまりマッサージなんだよ。で、川が決壊したときに土嚢を積んで護岸を強くするのはいわば形成外科。でも日本中で行われてるのは美容外科なんだ。コンクリートならぬプラスチックで一ヶ所を直すと永遠に直し続けたくなっちゃう(笑)。だから僕は美容外科としての公共事業はいけないと言ってるわけ。そして、形成外科に関しても、なるべく整形外科に近い形にすべきなんだ。

浅田 彰 話を戻せばゴミ処理だって同じなんだよ。ダイオキシンを出さないための高温焼却でも、それを金科玉条にして大規模な産業化を進めると、変な話になりかねない。なるべくゴミを出さないっていう豊島の思想が、大規模なゴミ処理施設で「エコタウン事業」を推進するっていう直島のポリシーに、いつのまにかすり替えられちゃうんだね。

田中康夫 そういや環境省はいま、家庭から出る包装容器やレジ袋みたいなプラスチックゴミを可燃ゴミとして、自治体に焼却処分を義務付けようとしてる。埋め立て処分場が不足してるからさ。ただ、低温で燃やすとダイオキシンの問題があるから、高温で燃やす必要がある、で高炉が必要だと。でもさ、普通の人って紙を燃やすときは何も感じないけど、プラスチックはなんとなく抵抗を感じるでしょ。だから環境省の方針には反対が出てくるんじゃないかな。

浅田 彰 豊島のゴミを高温で焼却処理するだけで、香川県の森林が年間に吸収できる二酸化炭素をほぼ使い切るくらいだっていうから、そんな高温焼却を日本中でやったら、大変なことになっちゃうんじゃない? むろんどっかから温室効果ガス排出権を買ってくればそれですむってんだろうけど、そういう市場原理で環境問題がすべて解決できるわけじゃないからね。

田中康夫 環境省では「できるかぎりリサイクルを」とは言っていて、それでも残ったゴミを最終的に焼却処理すると言ってる。でも、実際はほとんど燃やすことになるんじゃないの。

浅田 彰 まずは、できるだけゴミを出さない、出す場合は分別を徹底するっていう、身近なところからやっていかなきゃ。そもそも、分別によってエントロピーを下げることができたら、ゴミはただちに資源ゴミに変わるんだからね。実際、日本のゴミを買いつけて中国なんかに運び、安い労働力に物を言わせてどんどん分別してリサイクルして儲けてる会社もある。分別の技術や労働コストの動向如何だけど、案外、ゴミを資源として奪い合う時代だってくるかもしれないよ。実際、直島の施設でもゴミが足りないとか言いだしてるらしい(笑)。となると、豊島の住民が懸念してたように、最後には県外からわざわざもってくるしかない。ゴミ処理産業の自己目的化がもう進んでるわけだ。

田中康夫 つくった施設を維持するために、もっとゴミ持ってこいってわけだ(笑)。やっぱり行政の人間ってすごく近視眼的なんだよ。それは象牙の塔にこもった科学者と同じこと。研究をすること自体が目的になって、それを社会的にどう位置づけるかという哲学がない。


●小泉艦隊来航?


浅田 彰 そんなわけで、豊島の産廃不法投棄現場と直島の中間処理施設を見学したわけだけど、とくに直島では、「ベネッセアートサイト」を見ただけじゃわかんない裏面、とくに近代資本主義の負の遺産をいかに処理していくかっていう面がありありと見えて、非常に興味深かったね。
photo ○直島にある銅製錬所

 それにしてもあの三菱マテリアルのプラントはすごい。隣のやたらとカラフルな廃棄物中間処理施設の窓には、そこから見える三菱のプラントを撮影するなっていう貼り紙がやたらと貼ってあるけれど、さすがにいまは環境に配慮してやってるとはいえ、あそこまで周囲を禿山にしちゃった過去の痕跡は、そりゃ人には見せたくないだろうね。
 直島を訪れる観光客は、普通、南側のポストモダンな「ベネッセアートサイト」や、本村のプレモダンな集落しか見ないけど、北側でモダンな産業資本主義の爪あとをどうするかっていうので苦闘してる、それを含めて見て初めて面白いんだと思う。安藤忠雄の仕事も、たんなる設計だけじゃなく、豊島のオリーヴ植樹を一端とする瀬戸内緑化計画なんかと併せてはじめて価値があると思うし、また、そうやって全体として見れば非常に意味のあるイニシアティヴだと思うな。そういえば、植樹に協力してくれた豊島の小学校に安藤忠雄が書架を寄付してみんなで組み立てたのを見に行ったけれど、「二十四の瞳」や「瀬戸内少年野球団」を思わせる昔なつかしい雰囲気だったね。そう思ったら、ちょうどあの日、隣の小豆島で、50年前に映画化された「二十四の瞳」の子役の「同窓会」をやってたんだって。


田中康夫 おやおや。
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浅田 彰 そういや今年の1月に安藤忠雄の勧めで小泉純一郎も豊島の産廃現場の視察に来たんだってね。

田中康夫 なんで直島の中間処理施設まで来て両方見ないのかね。それでなきゃ意味ないだろうに。

浅田 彰 安藤忠雄に言わせれば、ぼくらの乗ったような小型船に乗れば、高松港からでも宇野港からでも30分たらずで着くからすぐだ、と。ところが、総理大臣ともなると、海上自衛隊だか海上保安庁だかの最新鋭艦を中心とする11隻の艦隊が用意され、艦隊が接岸する桟橋は4日も前から毎日潜水検査、さらには接岸訓練までしてたのに本番ではまんまと失敗したとか(笑)。だいたい宇野港から1時間以上もかかってるんだから、小型船をチャーターしたほうがどれだけ効率的か。

田中康夫 まあ、これも皇室問題と似て、小泉本人はそんな大袈裟なことは望んでないかもしれないのに、官僚が勝手にやっちゃうんだろうね。ほんとに役人意識ってのは諸悪の根元。それこそ離れ小島でロビンソンクルーソー経験でもさせなきゃ、ドリル学習の勝者が日本を滅ぼす。

浅田 彰 そういえば『Newsweek』7月19日号で日本の自衛隊が前面に出てきたことを取り上げてて、旧海軍と同じ旗を翻した海上自衛隊の艦隊の写真が表紙を飾ってるんだけど、その上に「ASIA'S ART ISLAND」っていう別の見出しがあって、これが直島の「地中美術館」開館を取り上げた見開き記事のことなんだよね、日本版には例によってその記事は載ってないけど。日本のイメージに関して、自衛隊にアート・アイランドが拮抗してるとすれば、なかなか大したものだよ。ともあれ、これでちょうど話が一巡したって感じ?

(了)
次回更新は9月中旬の予定です!



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