週刊ダイヤモンド 経済・金融・企業情報をタイムリーに伝えるビジネス誌。定期購読やバックナンバーの購入もできます。
トップ ■ 連載 第二十一回「続・憂国呆談」番外編Webスペシャル
 2004年5月号

憂国放談    ............... ■ ボブ・ウッドワードの話題の新刊から見えるブッシュ政権の驚くべき実態! さらには北朝鮮問題、食肉を巡る闇、注目の映画、そして田中康夫の住民票問題と浅田彰のTシャツの秘密まで、今月もWeb版はボリューム満点!
...............


増殖する原理主義的な人々


●ボブ・ウッドワードの『攻撃計画』
photo


浅田 彰 アメリカでベストセラーになってる『Plan of Attack(攻撃計画)』っていうボブ・ウッドワードの新刊を読んだんだけどさ。

田中康夫 イラク戦争開戦に至るまでのブッシュ政権の内幕を描いた本だよね。

浅田 彰 内容的には、今まで言われてきたとおり。つまり、ブッシュは最初からイラクをやっつける気でいた、「9.11」の直後からテロリストとイラクの関連を示す証拠を求め、イラク戦争に突き進んでいった、と。CIA長官のジョージ・テネットは、大量破壊兵器について怪しい情報しかないにもかかわらず、「こいつはスラム・ダンク(決まり)ですよ」と言った(笑)。国務長官のコリン・パウエルは何とかブレーキをかけようとし、開戦を急ぐネオコンの一部を「ゲシュタポ」とまで呼ぶんだけど、結果的には開戦への流れを止め切れず、忠実な兵士の性で辞任もできない。駐米サウジ・アラビア大使よりも後に大統領から開戦の決断を告げられて、「さまざまな帰結は理解しておられますね」と言いはする。「ポタリー・バーンズのルールと同じで、壊した品物は買い取って自分で処分なり修理なりしないといけないんですよ」と(ポタリー・バーンズはアメリカの日用雑貨店チェーン。ただし、同チェーンはそんなルールはないとパウエル発言に抗議している)。しかし、最終的に「俺についてきてくれるか」と問われて「最善を尽くします」と答えちゃう。それで、国連安保理でガセネタを証拠として提示させられ、これまで築き上げてきた信用を台無しにしちゃうわけね。ウッドワードはその辺を詳しく取材してうまく再構成してはいる。だけど、僕が衝撃を受けたのは、この本がブッシュ陣営のホームページで推薦書のナンバー・ワンになってること。
photo

田中康夫 へぇ。普通に考えりゃ、そんなブッシュの暴走ぶりが書いてある本は自分たちにとってものすごく不利なはずなのにね。

浅田 彰 ブッシュ陣営の究極のシニシズムなのか、本当に大衆がバカだと思ってるのか。とにかく、ディック・チェイニー副大統領を初めとするパワフルな側近たちの傀儡じゃない、にっくきサダム・フセイン打倒のため一貫してリーダーシップをとった大統領っていう像が描かれてるのは事実なんで、「ズバッと決断してズバッとやりぬくところがいい、いまさら証拠があるとかないとかゴチャゴチャ言うのは鬱陶しい」、大衆がそう思ってくれるとしたらいいじゃないか、と(笑)。

田中康夫 居直ってでもブレない自分だって部分を売りにしてるわけかね。なにやら小泉と似てるよなぁ(笑)。

浅田 彰 最初からイラクを攻撃しようとしてたっていうんだから、元財務長官のポール・オニールや元テロ対策顧問のリチャード・クラークの暴露本と一致する内容ではあるんだよ。でも、それらの暴露本を批判してきたブッシュ陣営が、ウッドワードの本をあえて推薦する。むろん、ウッドワードが敵視するにはビック・ネームに過ぎるってことはあるし、アフガニスタン戦争を扱った前著の『ブッシュの戦争』が大統領を決断力のあるリーダーとして肯定的に描いてたってこともあるけど、こんな本を推薦するってのはもう居直りとしか思えないね。政治顧問のカール・ローヴなんかにはそれで勝算があるんだろうな。あるいは、ブッシュマンならぬブッシュウーマンと呼ばれる女たちがいて、母のバーバラや妻のローラ、国家安全保障担当補佐官のコンドリーサ・ライスのほか、最近広報担当に復帰したカレン・ヒューズなんてのは鉄面皮そのものだから。しかし、ライスをとってみてもアフリカ系でしかも女性、そんな人物にあえて超タカ派の戦略を弁護させるブッシュ政権ってのも、ちょっとすごいよ。国務省で中東を担当してるチェイニーの娘もレズビアンとしてカミング・アウトしてるしね。いわばポストモダン・ネオコンサーヴァティズムってとこか。とにかく、国際的にこれほどの惨状を招いたとはいえ、めちゃくちゃな減税のせいで経済は好調だし、大統領の「決断」を支持する大衆もけっこう多いし、民主党にとってはいぜん強敵なんだな。

田中康夫 しかし、よくこういうインタビューをちゃんと受けるよね、ブッシュにしてもさ。ただ『ニューズウィーク』でちょっと読んだけど、ブッシュはその本のなかで「歴史なんてわかりはしない。その頃にはわれわれはみんな死んでいる」みたいなことを答えてるんでしょ。それって公共事業をやってる日本の政治家と同じ発想だよね。悪しきケインズ主義というかさ。

浅田 彰 そう、それがこの本の最後の言葉。ま、決断するだけ決断して、後は野となれ山となれってことだね(笑)。あと面白いのは、そういう決断の場面でも、ブッシュって言葉の中身よりボディ・ランゲージを重視するらしいの。なにかというと一対一で膝を突き合わせて相手の腹──っていうか文字通り「ガッツ」を試すわけ。そういえば、こないだホワイトハウスでチェイニーと並んで「9.11」調査委員会のインタヴューを受けた(ただし非公開で記録もない)ときも言ってたよ、いろいろ質問に答えたほか、自分と副大統領のボディ・ランゲージを見てもらい、われわれが普段どうやって仕事をしているか理解してもらえてよかった、と。いったいどんな仕事の仕方をしてるんだ(笑)? やっぱり小泉と似てるね。データや論理なんてどうでもいい、一対一で膝を突き合わせれば男同士なら暗黙の了解が成り立つ、と。

田中康夫 結局、小泉が評価されているのはそこだからね。アイディアをブチ上げるだけで、後は役人と与党に丸投げだから、具体的な改革なんてやってないのにさ。どうも日本でもアメリカでもアホなことになってる。

浅田 彰 あと、親子関係に関しても微妙な問題が浮き彫りにされてるの。ブッシュは「サダムはダディを殺そうとした男だ」って言ってイラク戦争をやったと言われてる。良き息子として父の未完の事業を受け継ぎ復讐を遂げるんだ、と。でも、この本じゃ、イラク戦争について父に相談したかと問われて、「話してはいるが助言は受けてない」って答えてるの。自分はファザーじゃなくてハイアー・ファザー、つまり神に相談したんだ、と(笑)。前も言ったけど、ブッシュ家の中で彼はいちばん出来の悪いドラ息子で、ひたすら飲んだくれてた。弟のジェブのほうが父母の希望の星だった。それが、あるとき突然神に目覚めて酒を断ち、ついには大統領にまで上り詰めた。だからものすごく原理主義的なんだよ。湾岸戦争をやったブッシュ・シニア、あるいは当時のジェームズ・ベーカー国務長官やブレント・スコウクロフト国家安全保障担当補佐官やパウエル統合参謀本部議長は、リアル・ポリティクスで動いてたわけでしょ。サダム・フセインは悪いやつだけど、あれを下手にやっつけて力の真空が生じたら後が厄介だから──つまり、まさしく現在のような混乱状態になるから──クウェートから追い出すだけ追い出したら封じ込めて自壊を待とう、と。むろん、それにも倫理的には問題がないわけじゃなく、シーア派がサダムに反乱を起こすよう煽っといてとつぜん見放し、サダムによる弾圧を黙認したわけだから、いまさらシーア派にアメリカを信頼しろったって無理な話だよ。ただ、少なくともブッシュ・シニアの政権は現実主義的ではあった。ブッシュ・ジュニアはそういう現実主義が嫌いなんだ。エディプス的に父を乗り越えるんだ、現実主義的妥協なんかせず、神の正義を掲げて徹底的に「悪」をやっつけるんだ、と。

田中康夫 そうなんだよね。だから、彼の原理主義は極めてセルフィッシュだということ。でもさ、じゃあお前は誰のために大統領をやっているのか(笑)。

浅田 彰 だいたい密室で神と対話するったって自分の独り言なんだもん(笑)。

田中康夫 僕なんか、県職員との合意や対話が足りないとかよく批判されるわけ。でも阿呆かいなと。こっちは県民との合意や対話を重視してやってるわけだよ。で、僕の信ずる合意というものを、県民がそれは違うと判断すれば、県民は僕を替える権利があるわけでしょ。ブッシュみたいに神がどうとか、まったくおかしな話だよ。

浅田 彰 田中さんは車座集会とかもやってるし、出直し選挙でもちゃんと支持されたわけだから、明らかに県民との対話があるわけじゃん。ところがブッシュは密室にこもって父なる神と対話してるだけだからさ(笑)。

田中康夫 それこそ麻原彰晃とどこが違うのか(笑)。まぁ、セルフィッシュな目標を達成するために、多くの民やさらには周囲の人すらどうなってもいいという究極の個人主義なのかもしれないけど。

浅田 彰 あと、この本はパウエルの悲劇的肖像としても読めると思うな。そもそもイラク攻撃が二〇〇一年一一月下旬に最初に話題に上ったとき、当時あった攻撃計画では兵力を五〇万と想定してたわけ──それでも湾岸戦争より少ないんだけどね。パウエルは、ヴェトナムで戦力をチョコチョコ逐次投入して泥沼化した失敗の経験から、圧倒的戦力を一気に投入し、前もって決めておいた目標を達成したら、前もって決めておいた脱出戦略で一気に引くというパウエル・ドクトリンを打ち立て、湾岸戦争をそれで勝利に導いた(クウェート解放っていう目的を達成したらそれ以上深追いしなかったのも、パウエル・ドクトリンに即してるわけ)。その流れでいくと、イラク攻撃には少なくとも五〇万は必要だ、と。去年の開戦前に、日系のエリック・シンセキ陸軍参謀総長も、占領するなら数十万必要だって上院で証言してる。そしたらシンセキはすぐにクビ。で、ラムズフェルドが値切りに値切って、最後には米軍二四万、英軍四万、うち地上軍はすべてひっくるめて一八万で開戦したわけね。そもそも、パウエル・ドクトリンの想定するようなマッシヴな軍は、軍事革命(RMA)以前の遺物だ、ハイテクを駆使し、特殊部隊や、本誌で言ったブラックウォーターみたいな民間軍事会社も使いつつ、少数の部隊を機動的に動かしてパパパッと勝とう、と。しかし、前から何度も言っているように、それでとりあえず戦争に勝てたとしても、あんな巨大な国の治安を維持するなんてとても無理だよ。もともと五〇万必要とされてたのを、いまや一三万でやってるんだから。とにかく、パウエルは自分のドクトリンが全否定され、またしてもヴェトナムみたいに悲惨な結果になる、その一部始終に立ち会わされたわけ。むろん辞任すべきだったんだよ。だけど、忠実な兵士の性で、辞任もできない。悲惨だね。
 ちなみに、『ニューヨーカー』で米兵によるイラク人虐待事件を報道したシーモア・ハーシュは、昔ヴェトナム戦争でミーライ(ソンミ)村虐殺事件を報道した記者なんだよ。パウエルはその後でヴェトナムに行って、虐殺事件の責任をあいまいにする報告を書いたとか言われてもいるけど、とにかくこういうことは二度と繰り返すまいと思ったわけでしょ。だから、今回の虐待事件が明るみに出たあと、CNNの「ラリー・キング・ライヴ」で自らミーライ村虐殺事件に言及して、戦争ではこういうひどいことが起こるんだ、しかし、そういうことは絶対に認められないって力説してた。まさに因果は巡るって感じだね。
 とにかく、ここまでひどいことになると、イラクを力で押さえ込むこともできないし、民主主義の理念で説得するなんてこともできっこない。かといって、アメリカにこのまま無責任に逃げ出されても困るんでさ。


田中康夫 無理だということが明らかになったら、アメリカは突然、国連に何とかしてくれってわけだ。世界各国ももっと協力してくれとかさ。それに素直につき合うワンワン小泉ってのは、まさに無定見と無責任の極みだよ。
photo


●動きはじめた拉致問題

田中康夫 急速に動きが出てきた北朝鮮の拉致被害者問題だけど。

浅田 彰 北京で行われた日朝協議を踏まえて、小泉純一郎首相が北朝鮮を再訪問することになった。年金法案が可決された翌日に公明党の三役が揃って年金未納期間があるのを認めたのは究極の後出しって感じだけど、さらに小泉自身の未納が発表されたのと同日に再訪問が発表されたのも問題隠しの戦略でもあるような気がする。ただ、膠着状態を打開するために自ら動くってのは、悪いことじゃない。平沢勝栄が山崎拓を連れて中国で北朝鮮側と会った後、日朝協議があって、再訪朝ってことになるわけだから、年金未納問題を隠し参議院議員選挙を盛り上げるためのパフォーマンスにとどまらず、実質的な進展があると期待したいね。
 ちなみに、僕は、拉致被害者家族会が「救う会」や「議員連盟」みたいな右翼の連中に引きずられててかわいそうな気がするの。家族はもっとエゴを言っていいんじゃない? 裏取引でも何でもして家族を帰して欲しい、と。「正式の外交ルートで正論を貫け、一切妥協はするな」ったって、それだけじゃ解決しないよ。逆に平沢勝栄なんかの行動をあそこまで批判することもないんじゃないの?


田中康夫 たしかに家族会は妙に政治的だよね。

浅田 彰 家族会も、会長の横田滋は不用意な再訪朝に反対する一方、事務局長の蓮池透は小泉再訪朝を要求するっていうように、立場によって微妙に割れてる感じ。拉致の経緯がまるで違うとはいえ、イラクの人質の家族が同じような要求を口にしてたら大変だったろうけど、ぼくはそういう要求だってするのはしていいと思うよ。ただ、蓮池透は「政府にダーティなことはやってもらいたくない」とも言ってるんだけど、僕だったら「ダーティなことでもなんでもして家族を返してくれ」って言うな(笑)。もちろん、これは犯罪なんだから、北朝鮮側が全面的に謝罪して無条件で現状を回復するのが筋だけど、そんな話の通じるまともな相手じゃないのはわかり切ってるんだから。

田中康夫 いろいろなところで融通がきかない人が増えてる感じがするね。原理主義の時代なのかな(笑)。


●食肉を巡る闇

田中康夫 食肉卸最大手ハンナンの元会長である浅田満が逮捕された。BSE(狂牛病)対策の国産牛肉買い取り事業を悪用して六億四〇〇〇万円をだましとった容疑。

浅田 彰 これまでタブー視されてきた「食肉の帝王」がいよいよ捜査対象になったのは、後ろ盾だった野中広務や鈴木宗男の失墜が大きいんだろうね。

田中康夫 あと、大阪高検に東京人脈のトップが来たのも影響してるみたい。

浅田 彰 ただ、ハンナンが牛肉偽装でカネをだまし取ったのはもってのほかだけど、BSEに関して政府が国産牛肉を買い上げることで安全を確保するという政策は原則としては正しかったと思うよ。中小の精肉業者が潰れないような体制をとったうえで、しかし問題があり得る牛肉は全部買い上げて焼却する、と。

田中康夫 その一方、鳥インフルエンザのほうは外国にワクチンがあるのに、それを使わせてくれと言った養鶏業者に農水省が許可を出さなかったわけ。もちろん狭い鶏舎に何万羽もの鶏を詰め込むような飼育方法に問題はある。でもその問題を横に置いたとしても、ワクチンを許可しなかったのはミドリ十字と同じじゃないかという話でしょ。なのにこの件ではそこに全然議論がいかない。誰もが報告を遅らせた浅田農産の会長や社長だけが悪いと思ってる。農水省のような大きなところは追及しようとしないんだ。弱きを挫き、強きを助ける逆判官贔屓ね。

浅田 彰 業者はワクチンを使わせてくれって言ってたのに農水省が許可しなかったんだよね。

田中康夫 そう。その問題が問われない。もちろん鳥や卵にとってワクチンはよくないのかもしれない。だとすれば、正々堂々とそれを主張すればいい。でもそういう議論にすらなっていない。それを書こうとするメディアもない。まったく長いものに巻かれちゃってるわけ。

浅田 彰 アメリカでも似たようなことが起こってるね。BSEの件で日本が全頭検査を要求するなら、自前で検査をやるって言ってる業者がいるわけ。ところがアメリカの農務省がそれを許可しない。

田中康夫 そう。ブッシュ政権はテキサス政権だから、超大手畜産業界の利権があるんだ。つまり、日本でもアメリカでも個々の市民のことなんか考えてない。組織のための意見になっちゃってる。

浅田 彰 科学的に言えば統計的検査で十分だって議論もわかる。また、プリオン自体がよくわかってないんだから、全頭検査したってすり抜けちゃう可能性もある。しかし、よくわかってないからこそ、安全と安心という原則から言って全頭検査すべきだってのが、やっぱり正論でしょう。業者もやっていいと言ってるのに、なぜそれを止めるのか。


●住民票問題の行方

photo

浅田 彰 その後、住民票二重登録問題のほうはどう? 田中さん、長野市のマンションは引き払ったんでしょ。

田中康夫 うん、別に必要がないからさ。もともと神戸に通ってたころも週三回くらい神戸で、東京に週三日、大阪か福岡に週一日という生活だった。長野に来てからも東京に週二〜三日、県内のどこかに一日、長野市は二〜三日って感じだった。それが今は単に泰阜村に週二〜三日に変わったというだけ。
 で、住民票問題は、元日弁連会長の土屋公献と憲法学者の杉原泰雄、それと東大の社会学者・上野千鶴子の三人に頼んで審査委員会を始めたんだ。県民・田中康夫氏に関して県知事・田中康夫が裁定しなきゃいけないから、利害関係のない第三者による委員会でしっかり検討してもらおうと。で、その意見を十分尊重したうえで最終的に僕が判断する。


浅田 彰 なるほど。

田中康夫 僕は、県庁所在地イコール長野県という錯覚を改めなくちゃいけないと思ってるんだ。たとえば泰阜村の家から通勤するとき、僕は午前五時二五分に飯田市の伊賀良という停留所でバスに乗る。すると、そのバスにおばさんたちが乗ってて、行き先を訊くと「民生委員の会合で長野市へ」とか言うわけよ。三時間近くかけて行くんだね。ところが県庁所在地の人は、上田市や松本市での会合に行くのさえ面倒だと言ってる。こうした県庁所在地至上主義が問題なんだよ。長野市にある県の10階建ての本庁舎の建物に入ると、「モダン・タイムス」のように非人間的になっちゃう。県民ではなく、霞が関を向いて、その制度と仕組みの中で仕事をしてしまう。で、他の惑星から落下傘で舞い降りてきた僕を押し潰そうとする。だから、そこから僕は出なくちゃいけないという危機意識がものすごく強いわけ。他方で、塩尻の県林業総合センターにある知事室分室だと、22万平米の深い森の中で職員もすごくリラックスして仕事をしてる。そこは、その職員たちが日常的な生活をしているコモンズ・集落と同じ田園の環境だからなんだね。と同時に、高速交通網であったり、高速通信回線であったり、勤務体系であったり、あるいは夫婦婚姻関係であったり、家族体系であったりがこれだけ変わっているときに、総務省という中央集権型の省庁の住民基本台帳によって住民は捕捉し得るのか、管理し得るのか、という問題が生じている。単に、福祉行政で努力している泰阜村を支援したい思いだけに留まらない。僕が220万県民のための県知事であり続けるためにも必要なことだと思うんだ。
 実は、以前行なった外部任用の面接のとき「田中康夫とは、最も権力の中心にいる筈の存在なのに、精神的には最も権力から遠く離れたところにいようとしている」と言った応募者がいて、そのとおりだと思ったんだよね。それで言えば、僕はあえて長野市に住まず、居住を変えることが県民のためになるんじゃないか、と。そのあたり、なかなかわかってもらえないんだなぁ(笑)。


浅田 彰 たとえば国単位でも、東京一極集中はいけない、じゃあ遷都かっていうんだけど、そもそも首都に機能を集中するなんてこと自体が古い産業資本主義時代の発想なんであって、情報資本主義と言うんだったら、首都なんか分散化して、全国を包むネットワークでやりゃいいんだよ。できるだけいろいろなところに行って、その場所を知りつつ、しかし、ネットワークで会議でも何でもできる、と。そういう意味じゃ、よく「住所不定・無職」って言うけど、「住所不定(ただし信州内)・知事」ってのもいいかも(笑)。

田中康夫 うん。あるいは住所をいくつも持つとかね。現に、長野市のマンションを引き払う前、親との共同所有の軽井沢町、間借りしている泰阜村、バブル期に購入した世田谷区の自宅、と計4箇所も居所が有った訳だから。いずれにせよ、五月の終わりにはさっき言った審査委員会の検討結果が出る。


●パークハイアットが映画に

浅田 彰 今年のアカデミー賞脚本賞を取ったソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」は、日本でもそこそこ当たってるみたいだけど、いまひとつだったな。

田中康夫 東京で出会う男と女のエトランジェの物語なんでしょ。われわれがよく利用する新宿のホテル「パークハイアット東京」が舞台になってるらしいじゃない。

浅田 彰 そう。パークハイアットの客室は空中に浮かぶ別世界みたいで、音もなく電動カーテンが上がる──っていうシーンはウィリアム・ギブソンの『Pattern Recognition(パターン認識)』にも出てくるんで、そんなことで「東京はすごい」って思ってるあたりが、どちらもおのぼりさんっぽい(笑)。いやまぁ、まさにその部屋で『Pattern Recognition』を読んで面白がってた僕だって、田舎者のおのぼりさんなんだけどさ(笑)。他方、下界には混沌とした都市があり、怪しげなクラブやカラオケ・ボックスがある。そんな両極に引き裂かれた東京で、エトランジェが出会い、そして別れる、と。たぶんソフィア・コッポラ自身がそういう東京を内輪の仲間と楽しんでる、それはいいんだけど、それをそのまま映画にされても困るでしょ。まあ、新しいようで古いエキゾティシズムだね。だいたい、われわれはよくパークハイアットに出入りするから気になるんだけど、最初、空港からタクシーでパークハイアットに向かう、ところがそのショットのつなぎがデタラメなの。「あれ、四谷方向に向かってるじゃん」とか(笑)。まぁ、ネオンの派手なところを選んだんだろうけど。

田中康夫 へぇ、ハリウッド映画ってそういう部分は綿密にチェックするんだろうに。ここにもディテールが粗雑になった日米のモラルハザードが(笑)。

浅田 彰 昔のハリウッドは徹底的に整合性をチェックしてたんだけど、変わってきちゃったんだろうね。とにかく、一般的にみて、ネオンやなんかで混沌とした東洋的ポストモダン都市っていうイメージは、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」からほとんど変わってないな。カンヌ映画祭のコンペティションに出る押井守監督のアニメ「イノセンス」も、そうした都市がすごくきれいに描かれてるけど、そういう背景といい、アンドロイド(人形)のアイデンティティが問われるところといい、ほとんど「ブレードランナー」そのまま。しかも、人間はなぜ人形をつくるのか、人形にアイデンティティはないのか、またもしあるとすれば翻って人間のアイデンティティとは何かっていうような幼稚な「哲学的」疑問がそのまんま台詞で語られちゃうんで、白けちゃうの。とにかく、海外から見た東京ってのは、やっぱりテクノオリエンタリズムに包まれた幻想の空間なんだよね。その外部にあるリアルな東京の姿が見えてくるのは、まだ先のことかもしれない。
 カンヌといえば、ペドロ・アルモドバルの「バッド・エデュケーション」をはじめ、気になる作品がいろいろあるけれど、やっぱりマイケル・ムーアの「Fahrenheit 9/11(華氏911度)」が注目株だろうね。ブッシュ家とビンラディン一族の関係を抉ったドキュメンタリーらしくて、ディズニーが傘下のミラマックスにアメリカでの配給をやめさせたっていう、すでにいわくつきの映画。そういえば、前作「ボウリング・フォー・コロンバイン」でも、コロンバイン高校乱射事件の起こった日がコソヴォ紛争でNATOが最大の空爆を行った日と同じだっていう偶然に触れてるけど、それでいえば、アメリカ人によるイラク人虐待やアルカイダ系テロリストによるアメリカ人斬首の映像がマス・メディアやインターネットに氾濫しちゃったことがアメリカやその他の国の青少年にも深い傷を与えることは想像に難くない。アメリカはイラクに「Shock and Awe(衝撃と畏怖)」(最初の爆撃作戦名)を送って、圧倒的なハイテク軍事力を背景に民主化を断行するっていうメッセージを浸透させたはずが、一年たって、自分たちの真の姿を映す「shocking and awful」な映像が裏返しのメッセージとして帰って来ちゃったわけだ──あえてラカン/ジジェク風に言うならね。戦争はいまやイメージの戦争でもあるわけで、このことの帰結は計り知れないと思うな。



●オノ・ヨーコはあきらめない

photo

浅田 彰 今日はあえて「WAR IS OVER! ─ IF YOU WANT IT」っていうオノ・ヨーコ&ジョン・レノンの古典的反戦アートのTシャツを着てるんだけどさ。

田中康夫 そうだった。オノ・ヨーコの回顧展を東京都現代美術館(http://www.mot-art-museum.jp/)でやってるんだね。

浅田 彰 そう。最初にやった水戸芸術館(http://www.arttowermito.or.jp/atm-j.html)での展示は光の条件なんかが理想的で、さすが磯崎新って感じだったのに対し、東京都現代美術館での展示はなんだか薄暗くて、大分落ちるんだけど、それでも昔からの一貫した活動をたどる貴重な機会ではあるわけ。その会場で「報道ステーション」の古舘伊知郎がオノ・ヨーコに聞いてるの。何十年も反戦運動をやってきたのに、世界はいまもこんな状況で、空しくならないかって。そしたら彼女は「全然!」って言うわけ。イラク開戦前には世界で1000万人規模のデモがあった、それが現実なんだ、と。言い換えれば、現実主義と言いつつ実は昔ながらの虚構にしがみつく政治家たちが、現実離れした戦争ゲームをやってるだけなんだ、ってわけね。論理としては、最近だとアントニオ・ネグリ&マイケル・ハートが『帝国』で言ってるような、帝国の権力に対する国境を越えたマルティテュード(多数者)の力能って図式に近くて、むろんユートピア的に過ぎるといえばユートピア的に過ぎるんだけど、短期的には悲観主義をとらざるをえなくても、長期的には楽観主義でいくべきだってことなんだろうな。あれだけのキャリアを重ねてきた女性が平然と言ってのけると、それなりに迫力があるよ。
 オノ・ヨーコは、「9.11」直後に「IMAGINE」が「放送自粛曲」になったときも、ただちに『ニューヨーク・タイムズ』に全面広告を出した。真っ白な紙面の真ん中に「IMAGINE ALL THE PEOPLE LIVING LIFE IN PEACE」とだけ書いてある。鮮やかな手並みだね。それでいくと、水戸芸術館がピラミッドの下に「WAR IS OVER! ─ IF YOU WANT IT」っていう大看板を掲げたのも悪くなかったけど、東京都現代美術館は東京の主要な新聞に展覧会の広告に代えてこのメッセージを出すくらいのことをしなきゃ。そんなことをすると、しかし、「横紙破り」ならぬ「障子破り」の石原チン太郎チェンチェイの逆鱗に触れて、都立大学みたいにつぶされちゃうかな(笑)。
 古舘との話に戻ると、インタヴューの最後に彼が白い本を渡して、これが自伝だとするとどんなタイトルをつけるかって聞いたら、オノ・ヨーコは「あなたに無理に言われてそんなことをする必要はないでしょ。だから、白紙のまま、サインだけしときましょう」みたいなことを言うわけよ。そうやってサインだけされた白紙の本をスタジオで見て「何なんでしょうね、あれは」とか言ってるんだけど、まあ古舘ごときじゃとても太刀打ちできないっての。


田中康夫 彼の中途半端な教養が邪魔をしているんだね。海図無き時代には、中途半端な教養は、袋小路の演繹法で終わってしまう。テキストを超えられない。教養を超越してこそ、帰納法としてのアジェンダを提示可能なんだ。その意味では、真の芸術家が政治や経済の分野でも求められているんだと思うよ。


(了)
次回更新は6月中旬の予定です!



「続・憂国呆談」をまとめた『憂国呆談リターンズ──長野が動く、日本が動く』が絶賛発売中!