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●セキュリティ万能主義の危うさ
本誌でも語っている北朝鮮問題を、もう少し続けよう。「人の命 は地球よりも重い」という旧社会党的な古典的平和主義者や護憲主義者の主張を冷笑してた人たちが、皮肉にも今回の件に関する発言で自分たちが、実は昔の社会党と同じレヴェルでしかないと露呈してしまった。そりゃ、拉致というとんでもない人生を送らされた方々は可哀想だ。でも、その問題だけを捉えて北朝鮮憎しのオンパレード。しかも「正論」「諸君」一派の彼らだけでなく、新聞の政治面もワイドショー状態。北朝鮮の民主化を、極東の安全保障をどうするのか、その先の戦略すらなく強硬発言を続ける安倍晋三を未来の首相と持ち上げる始末。その一方 で、ODA扱いでこそないものの、このままでは北朝鮮へのミツグ君状態で巨額の経済協力をする羽目に陥る。ところが、北朝鮮許すまじ、と声高に唱和するマスコミ君は、この点を問題視しない。統一協会(世界基督教統一神霊協会)との密接な連携の下に、アメリカのメジャーが北朝鮮沖合いで油田開発を行う露払い役を日本は務めるようなもの。
社民党に関して言えば、拉致が既に明らかになってたにもかかわ らず、拉致は根拠のない疑いに過ぎないというようなことをネットに載せ続けてたのは、もちろん大問題だよ。そこは反省する必要がある。だけど、社民党だけが悪いんじゃなくて、自民党だってほとんど同罪でしょ。自民党の金丸信と社会党の田辺誠が一緒に訪朝したりしてるわけで、 金丸の金庫にあったのはそのときの金塊だっていう風説さえあるんだから(笑)。そもそも、昔に遡ってみれば、李承晩、朴正煕の頃までは 南もひどい軍事政権だったわけ。拉致というなら、東京から大統領選挙 のライヴァルである金大中を拉致して日本海に捨てようとまでしたん だから。自民党政権がこれほどの重要人物の拉致に見て見ぬふりをした結果、自国民とはいえ一般人の拉致にはさほど関心を持つまいと北に思 われた可能性もあるし、最近までは現にそうだったわけだよね。ともかく、朝鮮戦争の負の遺産として、80年代までは南北ともにひどかったと言うべきだと思う。その後、北は、金日成から金正日へ代わってますますひどくなり、狂気のテロ国家と化した。90年代後半の飢饉のとき、さすがにこんな体制は長くもつまいと思ったんだけど、結構もっちゃったのは見込み違いだったと認めるよ。でもまあ、終わりはすでに始まってると思うんで、 大切なのは、最後のあがきで暴発するのを抑え、ソフト・ランディングに導くことだと思う。他方、南は、全斗煥、盧泰愚で軍事政権が終わり、 金泳三から金大中へとかなり民主化してきた。その時点で北と比べると、 南の方がいいに決まってるんで、多少とも北に同情的なことを言ってたやつらは全員バカだってことになる。でも、南にだって悲惨な過去があるんだから。今度の大統領選挙で盧武鉉が李会昌を破って金大中の「太陽政策」を継承することになったわけだけど、いずれにしたって、戦争を回避するには、「宥和(appeasement)」ならぬ「関与(engagement)」 は欠かせないわけだしね。

韓国の大統領選が低投票率だったのは、むしろ、年配層が棄権し たからなんだ。一気に盧武鉉に改革を託すには抵抗がある。然りとて、 李会昌では利権分配政治から脱却出来ない。こうした認識があったから、 三金(金泳三、金大中、金鍾泌)も身動きが取れなかった。彼らが表に 出ると、李だけでなく盧も守旧派に思われてしまうから。しかも、北風ではなく太陽だと市民が冷静に認識してる。「太陽の季節」なんだよ、韓国は。ところが、日本は言い出しっぺの本人が「北風の季節」だと主 張するんだから(笑)。
本誌で言ったことを繰り返せば、国権派は、人権も結局は国家が保証するんだって言う。だけど、20世紀を通じて得られた教訓は、国家からはみ出ちゃった人間たち、たとえばナチスに追い出されたユダヤ人のような難民の人権を保障することこそが最大の問題だってことなんだよね。世界戦争の時代にはすべての人間は潜在的には難民である、人権の問題は国家からはみ出ちゃったそういう難民の人権から考えるべきだ、と。それはハンナ・アーレントなんかの言うとおりだと思う。それで言えば、いわゆる脱北者というのが中国の北方にいっぱいいるわけでしょ。で、各国の大使館に逃げ込んで亡命したりしてるけど、そ れを支援してた北朝鮮難民救援基金の加藤博が中国当局に拘束されてひどい扱いを受けたりしてる。ああいう脱北者の人権をどうやって保障 するかは大問題なんで、国連難民高等弁務官事務所が面倒を見るとか、そういう体制を緊急に整備する必要があるんじゃないか。ともかく、国家がちゃんとしてれば人権は保障されるなんてのは嘘なんで、むしろ国家からはみ出ちゃった人たちの人権をどう保障していくかが大切だと いうのが20世紀の最大の教訓だったんだけど、全然忘れられてるよね。
それは、日本だけじゃないんだよね。すべてがそうなってきちゃって、どこに光明があるんだろうという感じ。行きつくところまで行かないとだめなのかな。

ちょっと哲学めいたことを言うと、セキュリティという言葉は、 もとはsine curaというラテン語からきてる。つまり、セキュリティの確保された状態、セキュアな状態ってのは、思い煩いがない状態、ある意味でケアフリーな(ケアの必要がない)状態なんだよね。じゃあ、思 い煩うってのは、何のことを思い煩うのか。自然のこと、そしてとくに他者のことなわけ。だから、他者のことを慮る必要がない、自分たちだ けで何も考えずに安心していられるってのがセキュリティなんだよね。
良くも悪くも一国平和主義だね。
ある意味でね。とくに9.11以後、世界中でセキュリティがキー ワードになって監視/管理社会化が進んでるでしょ。アメリカでは、ナショナル・セキュリティを担当する国防省に加え、ホームランド・セキ ュリティを担当する本土防衛省ってのをつくった。たしかにセキュリテ ィは必要だよ。安心して暮らせるってことは、何をする上でも基礎にな ることだから。だけど、セキュリティだけを追求していくと、結局、他 人のことを心配しなくていい、他者なんか無視して生きていける状態が 望ましいって話になっちゃう。
実は11月に中間報告をまとめた中央教育審議会のオツムも似た り寄ったり。コモンズという認識が皆無だから、国内完結型の「愛国心」 を求めてる。それって、日本さえ良ければノー・プロブレムって話でね。 夜郎自大な唯我独尊。その昔に一国平和主義を批判していた連中も、形 を変えた一国平和主義でしかないってことだ。まあ、連中が色をなして 怒るんだったら、一国権威主義、一国御都合主義と言い換えてあげても いいけど(笑)。いずれにせよ、自己中心主義、自民族中心主義、自国 中心主義へと進みかねないよね。そして無謬性の社会になっちゃうんだ。
そうそう。だから、sine curaじゃなく、一定のcura、つまりケ アが必要なの。ダムだって、砂がたまったりする。他者と共に生きてる んだから、喧嘩するやつもいる。そういうことをつねにケアしていくと いうのは、確かに煩わしいことではあるけど、それこそが生きるという ことなんで、ケアフリーでいられるようにセキュリティを万能化しよう という動きが支配的になるとすれば、21世紀はすごく非人間的な方向 に向かう恐れがあるね。。
その通りだよね。そのセキュリティの神話は今までの公共事業と 似ていると思う。たとえばダムをつくることですべてを防げるとして、 そこに安住してしまう。
哲学めいた話が続くけど、近代というのは、デカルトの「我思う 故に我あり」という言葉の通り、自己が中心だったわけだけど、それに 対して、ポスト近代というのは、他者が重要だということになった。と くに、エマニュエル・レヴィナスやジャック・デリダによれば、他者へ の配慮とホスピタリティが重要だ、と。今はそういうポスト近代思想が 最大の試練に直面してると思うの。他者といったって、話せばわかる程 度の他者は自己の同類なんだよ。ユルゲン・ハバーマスなんかだと、そ ういう他者との自由で合理的なコミュニケーションですむって話なん だけど、実はそれではすまないんだ。本当の他者というのは、たとえば イスラエル人にとってのパレスチナ人や、パレスチナ人にとってのイス ラエル人、日本人にとっての北朝鮮人や、北朝鮮人にとっての日本人だ ったりする。どうも話が通じないし、生活習慣も違うし、生理的に嫌だ なと思うところさえある。そういう相手が他者なんだ。僕だってたとえ ばキムチなんか嫌いだよ(笑)。また、朝鮮人は、僕みたいなやつはヌ カ味噌臭くて気持ち悪いと思ってるかもしれない。だけど、そういう両 者がどうやって話し合い、共存するかってことが重要なんだ。スラヴォ イ・ジジェクが、「汝の隣人を愛せよ」という言葉は仲間同士なら簡単 に言えるんで、イスラエルのユダヤ人がパレスチナ人に対して言えるか どうかが問題だって言ってる、それはまさにその通りなんで、われわれ に近いところで見れば、日本が北朝鮮に対して、また北朝鮮が日本に対 してそう言えるかどうかが問われてるんだと思う。また、そういう他者 への配慮とホスピタリティなしに、セキュリティ万能主義に走っていく としたら、21世紀の見通しはすごく暗いと思うな。

●触媒が引き起こす意識革命
話は変わるけど、長野では県職員の給料をカットするみたいだね。
一般県職員の給与を8%カット(人事委員会勧告分2%を含む) するべく、組合交渉に知事自ら出席してる。この間も午前6時過ぎまで、 講堂で500名あまりの組合員と徹夜交渉。課長級が10%、部長級が12%。 来年度から3年間の限定で、しかも、賞与や手当には連動しないんだか ら、僕としては随分と配慮した最終提案、一歩も引けません、と公言し ている。県民は圧倒的に支持してるね、今回の給与削減に。しかも、今 まで僕に批判的だった長野市を始めとする県内の市長たちも「田中はよ くぞ8%カットする」と言ってるらしい。でも、自分たちは怖くて踏み 出せない(笑)。僕の感覚からすると当たり前なんだよね。公務員とい うのは一生守られてる。人殺しでも犯さない限り、身分は定年まで守ら れてる。だからこそ、税金を払ってる人たちの期待に応えなきゃいけな いわけでね。長野県は、このままいくと、2004年には財政再建団体に なっちゃうんだ。岡山県に続いて起債制限比率が高い県だしね。でも、 追いつめられてこそ底力を発揮できるという感じで、これをいい意味で のチャンスにしたいね。

民間でも、みずほ銀行が今になってやっと少し賃金をカットし始 めた程度だからね。官民あげてずっと昔通りやってきたのが、いよいよ 立ち行かなくなったってことでしょ。
こういうときって外の人間によって変える荒治療が必要じゃな いかと思う。長野県も、外郭団体をすべて見直したり、しなの鉄道の 103億円の債権をどうするか、更に検討してるんだけど、やはり内部の 人間では無理なんだよね。外から来る人間は黒船かもしれないけれども、 黒船は触媒として必要なんだ。ただし、触媒がすべてを変えるわけじゃ ない。それによって中にいる人間が化学変化を起こすんだ。その化学変 化を起こしうる意識を、本来は一人ひとりが持ってるはずなんだよ、霞 が関でも地方でも。なのに、相変わらずな直属の上司の目を気にして、 行動できずにいたりする。ここを変えないとなかなかブレークスルーし ないよね。
トップがマーヴェリック(一匹狼)的になったときこそが、下の 人たちが今までできなかった改革をやるチャンスなんだよね。田中康夫 は、そういう意味で触媒として働けば、それでもう十二分に機能は果た してると思うけど。
ただ、長野県の場合は、僕が触媒役だけではどうにも変わらない んで、それ以上の細かいディレクションまでせざるを得なくなっちゃっ て大変なんだけどさ(笑)。
なのに、知事の給与も3割下げるんでしょ。見合わないね(笑)。
スキーのキャンペーンを始めとして、すべて自前の企画。「『脱・ 電通』宣言」とも言われてるけど(笑)、広告費に換算したら、長野県 のマスコミ露出度は計り知れない。でも、相変わらずな県議や職員は、 水と空気だけでなく田中康夫も長野県ではタダだと思ってるんだろう ね。その有難味は、いつの日か僕が退任した後で気付く。いやぁ、まだ まだ先の話だけど、僕の後の知事は大変だ(笑)。ガラス張り知事室を 変えただけで、県民から愛想を付かされる(笑)。ま、それはともかく、 僕の給料は2003年の1月1日から下げる。いずれにせよ、長野県民は、 県議会の正体を知ってしまった今、次は県職員というのは果たしてどん な人たちなんだろうと、いい意味での興味・疑問を持ってきてる。60 歳まで選挙もなく安定してる公務員の人たちが、外から触媒がやってき て、どのくらい化学変化を起こせるか。それが今後の長野県の課題だね。
この話は他人事じゃない。たとえば2004年3月で国立大学とい うのは全部なくなって独立行政法人になる。そこで教えてる僕なんかも 国家公務員じゃなくなる。本当を言うと、教育や文化に関しては、全部 を市場原理主義でやるのは無理だから、ある程度は国家が担保しなきゃ いけないと思うよ。何の役にも立たない難解な数学をやってる人とか、 古典をコツコツ読んでる人とか、そういうのは市場だけでは支えられな いんだから。その点を確認した上で言えば、戦後、いや戦前から、国立 大学と称して無風状態の中で胡座をかいてきたわけなんで、一回シャッ フルすること自体は悪くない。僕自身だって、国家公務員として保護さ れてきたわけだけど、いざとなったら、どんどんよそへ移って、他のこ ともやれるようじゃないと。もともと大学なんてものは、学生が組合を つくって教師を金で雇ったり、あるいは教師が木戸銭をとって講義した りしてたわけで、いざとなったら僕もこういう街頭で話して木戸銭で食 っていけるくらいじゃないとさ(笑)。また、それぐらいのやつでなけ れば、組織の中でもダメなんだよ。

そうだよ。そういう意識こそが武器を持たない、しなやかな革命 にもつながる。セーフティネット論というのがあるけど、それを言う人 たちも、一生仕事からあぶれない公務員と同じような意味でのセーフテ ィネットを考えていたら、変化は起きない。NPO的なものであったり、 あるいは法律を超えて市民が他者を支えようという気持ちが出てくる なかで考えていくべきテーマなんだ。完璧なセーフティネット論なんて 机上の空論なわけでね。もちろん何もセーフティネットを用意しなくて いいということじゃないけど、そういう意識を持つことが、これからは 大きなポイントになると思う。
●田中康夫ダイエットの真相
そういえば、田中さん、断食道場に行ったんだって? 「脱ダム 宣言」の次は「脱デブ宣言」って言ってたけど、さっそく公約を実行し よう、と(笑)。
そう、三枝成彰に紹介された伊豆の施設にね。三日間で4.5キロ 減量したよ。リンゴ1にニンジン2というジュースを、朝・昼・晩、3 杯ずつ飲むの。その後、長野に戻ってからも朝はジュース、昼も少なめ にしたら、更に1キロ痩せた。
その間まったく食べないわけ?
そうなんだ。でも、意外とお腹はすかないんだよ。で、生姜湯は 飲んでいいの。黒砂糖も入れてね。「え、砂糖?」と思ったけど、発熱 するからいいらしい。ただね、4.5キロやせた真の理由は別にあるんじ ゃないかと思ってもいてさ。その施設には、僕とはおよそ憲法観や国家 観や発言の形も違う1200万人の自治体のリーダーである人がよく来て るらしくて、ポスターが貼ってあったり、本が置いてあったりする。ど うもそれを見ていてゲンナリして痩せたんじゃないかと(笑)。
『老いてこそ人生』の都知事ね(笑)。そういえば、1年以上前 の「ババァ」発言が今頃問題になって、ついに女性グループから東京地 裁に提訴されたじゃない? 惑星学者の松井孝典との対談の引用って 形になってて、たしかに地球の存続とか言い出すと優生学的な発想につ ながりやすいんだけど、松井自身はそこまで言ってないようなことを、 石原が彼の名前を借りて平気で言いまくってるの。以下のような感じで ね。
「これは僕がいってるんじゃなくて、松井孝典がいってるんだけど、“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ”なんだそうだ。“女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です”って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。そんな人間が、きんさん、ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって……。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑)。まあ、半分は正鵠を射て、半分はブラックユーモアみたいなものだけど、そういう文明ってのは、惑星をあっという間に消滅させてしまうんだよね(『週刊女性』2001年11月6日号より)」
男が80歳でも90歳でも生殖能力があるってだけなら、さすが「老い てこそ人生」だって笑っとけばすむけど、生殖能力のなくなった女性は 地球生態系全体のために早く死んだ方がいいっていうのはほとんどナ チス優生学そのものの発想で、「政治家としては言えない」と言いつつ 現に冗談めかしてそう言っちゃってるんだから大問題だと思うよ。もと もと、石原には根強いミソジニー(女性嫌悪)やホモフォビア(同性愛 恐怖)があって、それが「第三国人」発言に見られるゼノフォビア(外国人恐怖)ともつながってる。そんな人物が依然としてポスト小泉の首 相候補として期待されてて、新党結成の噂も絶えないんだから、まった くどうかしてると思うね。むろん、衆議院解散総選挙がいつになるかに もよるけれど。
石原はそのときもっとすごい発言もしてるよ。「昔は女にはすご いオブセッション(強迫観念)があったと思うんだ。男に破瓜(はか) される、そして押し込まれて犯されるという。体位からしてそういうも んでしょ。それが、今のように野放図になっちゃって」だって。いやぁ、 これって早い話が、援交の声も掛からなくなった年老いたオヤジの単な るひがみ(笑)。笑い事じゃないんだけどさ。この発言は1年以上も前 のことでしょ。ところが当時、メディアは報じなかった、批判しなかっ た。で、今回、裁判沙汰になったって、新聞やテレビは腰が引けてて、 小さな扱い。彼の会見でも、「差別って、私が何を言ったのよ。私は、 松井孝典さんの言ったことを、なるほどな、それはそれなりに論理が通 っていますなと感心したんで、それをあるところで紹介しただけですか ら、何も100%それを是としているわけじゃない」と居直ったら、「ま あ、こういう形で、女性をちょっと敵に回してしまったということで」 と記者が引き取ってるの。いやぁ、インポだね、都庁の記者たちは。い まだに田中康夫では長野県が滅亡すると批判し続ける長野の読売新聞 や朝日新聞の長野支局長のほうが、ジャーナリストだぜ(笑)。 話を戻せば、自民党は衆議院の解散は秋だと思ってるみたい。でも、 そのときには、小泉じゃない人間を頭に立てても勝てるというふうにタ カをくくってるところがあるんだよね。

別に石原慎太郎でなくてもいい、と。
そう。麻生太郎でも古賀誠でも大丈夫だと。国民というか市民を 完璧に甘く見ている。とするならば、対抗する側が、ある意味では細川 護煕と同じようなポピュラリティやタレント性を持った人を立てられ れば、あるいはそのとき瞬間風速として変化はあるかもしれない。ただ、 菅直人では瞬発力にはなりにくいし、北川正恭も知名度の点で苦しい。 自民党側も石原慎太郎でもないと思っているということになると、一体 どこに誰がいるのかという……。
まあ、田中康夫ぐらいしかいないような気もするけどね(笑)。
いやいや、田中康夫は長野県でやってるからいいんだよ。
そう、本誌でも言ったように、国政で二つの選択肢をめぐって争 ってるとき、地方で第三のネットワーク原理でやっていく方が未来指向 だとは思うけどね。
地方ということで言うと、非常に面白いことが各地で起きてる。 熊本市長選で、元自民党の県会議員だった若手が当選したでしょ。自民 党は与野党相乗り候補の現職を強力に推したのに、落ちちゃった。当選 した彼は、例の川辺川ダム建設には明確に反対してきた人物。新潟市長 選でも、新潟日報の元論説委員がボランティア選挙を展開して当選した。 もちろん、当選した後、徳島や栃木の県知事ように迷走しないで、いい 意味でしなやかでありながら原理原則を曲げないリーダーになり得る かどうかは未知数だよ。だけど、投票率が3割、4割という状況の中で、 そうした無党派の人が、ほぼオール与野党に近い推薦を受けた人に勝っ てしまう。これは大変な現象だよ。長野で起きてることとある意味では 非常に似てるよね。
熊本では、球磨川にある荒瀬ダムの完全撤去が全国で初めて決ま りそうだしね。
そうそう、熊本では自民党県議団が、水利権が50年で切れる荒 瀬ダムの撤去を県知事に求めてきた。自民党県議団の多くはさらに川辺 川ダムにも反対と言ってるわけ。団長の杉森猛夫という人が僕のところ に何回も来ててね。彼は天草出身なんだけれども、ほんの数年前までは、 灌漑用のためにはダムも必要かも知れないと思ってた、でも、もはや減 反政策の失敗によってそれは必要ない、とすると、ダムをつくると天草 の自然体系まで壊れてしまう、そのようなことにお金を使うべきではな い、と議会で言ってるんだよ。堆砂で大変な国の直轄事業の美和ダムが 位置する長谷村出身の宮下創平が牛耳る長野県の自民党とはずいぶん 違うんだなぁ(笑)。 ちなみに長野県では、民主党も社民党もこのあいだまで自民党や公明 党と並んで「ダム以外に長野県の生きる道はない」と言ってた。ところ がこの夏の県知事選では、突如としてみんな「ダムはいらない」と言い 出しちゃう。もうちょっと自分の考えというものに自信を持って死守し てくれよって感じなんだけどね(笑)。だから、熊本の現象というのは 非常に面白いんだ。ただ、新聞社の政治部の人たちは、永田町と霞が関 しか政治じゃないと思ってるから、そうした現象を把握できてないし報 道もしない。
朝日新聞の早野透なんかは、ある程度書いてるけどね。

うん、彼は、僕が二度目の当選を決めたとき、田中康夫が変人で あることを認め、けれども、その田中康夫でなくては官僚県政が40年 も続いた長野県を変えられないと知った上で選んでる長野県民はスゴ い、と的確に報じてたからね。それは現場を見てるからなんだ。ところ が現場を見ていない論説委員は同じ日の紙面に「県議会にお友だちを増 やそう」なんてわけのわからないことを書いちゃうわけよ(笑)。
地方の現場を見ればわかるように、明らかに現実は動きつつある。 たぶん、国会でのいわゆる左右の対立なんかとは全然違うところにフロ ンティアは移ってるんだと思うな。さて、新しい年にそこからどんな展 望が開けてくるか。
その意味では滋賀県の豊郷町で年末に勃発した小学校改築阻止 の市民運動は、日本のあり方を問う深い意味を持ってるんだ。実は何故、 町長は反対を押し切っても改修でなく改築に固執したか? 改築だと町の負担は全体費用の僅か15%。今回は21億円の事業だから、3.15 億円。ところが、改修だと仮に3分の1以下の6億円で耐震構造に改修 できるとしても、町の負担は5.3億円。しかも、改築と違って起債が組 めない。こうした補助金行政、起債行政が日本をダメにしてきたんだけど、この詳細は次回の紙面でね。それでは、来年が少しは真っ当な1年となりますように。
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