あれは忘れもしない1968年4月17日、駆け出しのカメラマンだった中橋富士夫さんが最初に撮影したのが富士山だった。偶然にも、自らの名前にも頂いた富士山と満開の桜、河口湖の三つをファインダーに収めて、そっとシャッターを切った。こうして撮影した作品は、1枚につき3万円で貸し出された。大卒の自分の月給とほぼ同じ値段で、ポスターやカレンダーから旅行用パンフレット、揚げ句はマッチ箱の小さなスペースにまで使われ、驚くようなお金を生み出した。

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