1992年5月7日──。熊本県知事の職を離れた細川護煕はたった1人で日本新党の旗揚げを宣言した。時の首相は宮澤喜一。しかし、実質的な政治権力は宮澤の手にはなかった。自民党副総裁の金丸信を頂点とする自民党旧竹下派が全権を握り、「竹下派支配」と呼ばれた。

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