未明からの雪が降り積もった1936年2月26日、帝都東京で天皇親政による国家改造を目指す陸軍皇道派青年将校らによるクーデター未遂事件が起こった。「昭和維新」断行を目的とした決起であったが、29日、天皇は彼らの討伐を命じ、反乱はあっけなく鎮圧された。しかし、この事件で高橋是清蔵相や斎藤実内大臣らが命を奪われ、陸軍内部では合法的手段で国防の強化を目指す東条英機らの統制派が実権を握った。事件後成立した廣田弘毅内閣では、陸海軍大臣に現役武官を充てねばならない制度が復活。日独防共協定が締結され、単に武力だけでなくあらゆる活動を国防面から再組織する「広義国防国家」建設のための経済統制を強めるなど、軍国主義国家の先鞭をつけることとなった。

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