航空会社に勤めていた父親の仕事で、幼少時代にドイツ・ハンブルクや香港に住んだ。自分も「海外と接点のある仕事をしたい」と、定保英弥が選んだのがホテルマンだった。帝国ホテルでは営業畑を歩いてきた。1991年から4年間、米国ロサンゼルス営業所に勤務。「自分とアシスタントの2人しかいなかった」が、現地の旅行会社や企業に精力的に売り込み、円高が進んでいた時期にもかかわらず、米国からの客数を2割増やした。

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