「よくぞここまでやりました。私だったらもっと最初のころにつぶされていたかもしれません」。稲盛氏がそうコメントするほど、壮絶なエピソードだった。岡山での塾長例会で経営発表をした三和デンタル(東京都大田区)の菅沼佳一郎社長。入れ歯などの歯科技工品を製造している。7人兄弟の4男として北海道稚内に生まれる。日雇い仕事に従事し、毎日飲んだくれて暴力的だった父親は石炭小屋で自殺。第1発見者は中学1年だった菅沼社長だった。残された母親は、凍った魚を加工する過酷な仕事で、子どもたちを育てた。母親に楽をさせようと、中卒で札幌に働きに出たが、若さ故に誘惑に負け、時には警察の世話になるほどの自堕落な生活に浸ってしまう。

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