第1次世界大戦後、世界的に大きな問題の一つとして浮上してきたものに労働問題があった。日本も、1919年に設立された国際労働機関(ILO)に政府代表、資本家代表、労働者代表を送り、討議に参加した。資本家代表として参加した鐘淵紡績社長の武藤山治は、この時期からしばしば「ダイヤモンド」に論文を寄稿したり、インタビューに答えたりする回数が増えている。武藤山治といえば、「温情主義」「経営家族主義」を唱えた経営者として有名であるが、主張された内容はそう単純なものではなかった。

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