私の祖父は、信州・松本で朦朧新聞の社長兼主筆をしていた時期があります。職を転々とした後、これに飛びついたようです。朦朧新聞は戦前戦後、とりわけ松本市で粗製乱造された小さな地域新聞の総称。祖父の新聞は最盛期には3000部ほど発行されたと聞きましたが、定かではありません。現物は今や影も形もなし。一部たりとも残っていません。1913年5月、東京・日本橋の貸間で小さな雑誌が創刊されました。「経済雑誌ダイヤモンド」です。創刊号は1000部印刷されたそうです。

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