渋沢栄一は1909年(明治42年)の古希(70歳)を機に、それまでに自らが立ち上げたり、設立・経営に関わった多くの企業・団体の役員から退いた。一方、本誌「ダイヤモンド」が創刊したのは、13年(大正2年)。残念ながら本誌のバックナンバーを掘り起こしても、渋沢本人が現役の経営者として登場する記事は発見できなかった。

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