『週刊ダイヤモンド』10月1日号の第1特集は「凄いネスレ 世界を牛耳る食の帝国」。なぜネスレは凄いのか。食の王者が持つ強さの秘密を徹底解明しました。

なぜネスレは凄いのか

 世界中の視線がリオデジャネイロオリンピックに注がれていた8月上旬。オーストリアのザルツブルクでは世界有数の音楽祭が幕を開け、ネスレ主催の晩餐会が催されていた。同社は音楽祭の有力なサポーターであり、現地には大勢のネスレ関係者や招待客の姿があった。

 前国際連合事務総長のコフィ・アナン、元メキシコ大統領のエルネスト・セディージョ……。政財界の著名人らは音楽鑑賞に興じるとともに、国際問題について真剣なまなざしで語り合う。その中心にある一人の男がいた。

 ピーター・ブラベック。1997年からCEO(最高経営責任者)、2008年からは会長を務めるネスレの〝皇帝〟である。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)でも中心的役割を担い、ドイツのアンゲラ・メルケル首相や中国の温家宝元首相とも議論を交わす。世界で最も影響力のある経営者の一人であるブラベックは、晩餐会の冒頭、ザルツブルクの歴史などをジョークを織り交ぜながら紹介した。

 俳優顔負けの整った顔立ちと経済人としての風格が備わる彼の話に、世界の大御所たちが皆一様に引き込まれていった。

 かつてブラベックは母国オーストリアで「成功」をテーマにした講演を行い、こう語っている。

 「辞書を引くと、『成功』には二つの意味が書かれています。一つは権力、名声、富を得ること。もう一つは成果。私は後者の意味が近いと感じます。もし、私が目指すものが富であれば、私はネスレに商品を納める個人事業主になっていた。ネスレは原材料費をけちったりしないので。名声が欲しかったら、俳優か音楽家になっていただろうし、権力が欲しかったら、政治の道に進むべきでした」

 彼にとって成功とは、努力の結果生まれる「成果」だ。事実、彼は成果のために名声を犠牲にした。水資源問題の解決のため、水不足に陥る危険性を叫び、批判の矢面に立っている。

 「水は無料同然と思われているが、われわれは考え方を改める必要がある。プールや洗車に使用する水は人の権利ではない。だから利用価格を上げるべきだ」

 彼の発言に、一部の政治家や非営利組織は猛反発した。水の価値を上げることは、ミネラルウォーター事業を持つネスレへの利益誘導であると捉えたからだ。だが、物議を醸す発言は、G20などの国際会議で水枯渇問題の議論を始めるきっかけになった。

 古くからの知人であるアナンにブラベック評を求めると「ピーターは、ネスレのトップというだけでなく、未来の企業の在り方を示してきた、国際企業のリーダー」と返ってきた。

 ネスレの経営においてもブラベックは成功を収めている。彼がCEOを務めた97年以降、ネスレの時価総額は実に4倍以上に拡大しているのだ。

 日本人はコーヒーの「ネスカフェ」とチョコレート菓子の「キットカット」を知っていても、その製造元であるネスレに対する印象はあまりないかもしれない。英語読みの「ネッスル」に親しみを覚える世代もいるだろう。

 ネスレは、コーヒーや菓子だけでなく、ミネラルウォーターや冷凍食品、ペットフードなど約2000のブランドを持ち、世界189カ国・地域でビジネスを展開する 〝食の帝国〟である。

 すごいのは規模だけではない。今年150周年を迎えた長寿企業で、赤字は創業来1度のみ。常に右肩上がりの成長を果たしてきた超優良企業でもあるのだ。

 アップル、グーグル、フェイスブック──。この20年の間に米シリコンバレー発で誕生したIT企業はわれわれの生活を一変させ、うなぎ上りに企業価値を高めた。現在の時価総額ランキングと20年前のそれを比較すると、上位が軒並みIT企業に入れ替わっている。

 この間、日本企業は凋落の一途をたどり、上位から日本勢の名は消え去った。ネスレは食品産業というオールドエコノミーを主戦場にしながら、日本企業が「失われた20年」を過ごす間も、順位を38位から13位まで押し上げた。

 それ故、今年6月に、黄金期を築いたブラベックが来春に会長を退任すると発表されるや、業界内では「ネスレの時代が終わる」という声が上がった。ところが当人は満面の笑みだ。巨大企業の方向性を変える「成果」に手応えを得ていたからだ。

 ネスレ社員たちが不安だったのも今ではない。01年、ブラベックが食品企業から「栄養・健康・ウェルネス」企業への転身を宣言した瞬間だ。食品でトップに立つ今、そこから抜け出せというのか──。

 それから15年。ネスレはヘルスケア分野に帝国を広げ、21世紀型の食企業へと変身しつつある。

(敬称略)

150年を生き抜いた「食の王者」 日本人が知らない強さの秘密

 『週刊ダイヤモンド』の10月1日号の第1特集は「凄いネスレ 世界を牛耳る食の帝国」です。

 ネスレは世界189カ国・地域でビジネスを展開する 〝食の帝国〟。今年150周年を迎え、その歴史の中で赤字は創業来1度のみ。右肩上がりの成長を果たしてきました。株式時価総額で世界13位、欧州では最大の企業です。

 日本人はコーヒーの「ネスカフェ」とチョコレート菓子の「キットカット」を知っていても、そのメーカーであるネスレに対する印象は薄いかもしれません。米ゼネラル・エレクトリック(GE)、米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)などに比べると、経営の哲学や手法もあまり注目されてきませんでした。

 日本法人を見ると離職率が非常に低く、社外へ転身して全容を語るような人物がほとんどいませんでしたし、そもそも日本で目覚ましい成長を見せたのはここ数年のこと。高岡浩三・ネスレ日本CEO(最高経営責任者)率いる日本法人が、職場で安価にコーヒーを楽しめるよう「ネスカフェ アンバサダー」を導入したモデルを大ヒットさせ、脚光を浴びました。

 なぜネスレは凄いのか。どのような哲学を持ち、M&A、現地経営、人材育成などを行っているのか。日本法人はもちろん、スイスにある本社から新興国の現地法人までを徹底研究し、知られざる強さの秘密に迫りました。

2016年10月1日号[ 710円 ]

表紙
特集

凄いネスレ  世界を牛耳る 食の帝国

【Prologue】
なぜネスレは凄いのか

【Part1】
世界を買いまくる!
王者の哲学

【Part2】
新興国を攻めまくる!
現地化経営の真髄

【Part3】
成熟市場に風穴を開けた
ネスレ日本 徹底解剖

【Part4】
変わりゆく食ビジネス
王者の焦燥と大望