1971年の真夏──。冷房もないバスに揺られながら、当時41歳だった大塚正富の顔に、冷や汗交じりの汗が流れていた。「3年以内に新たなヒット商品を出さなければ首だ! いつでも辞められるよう内ポケットに辞表を入れておけ」当時の大塚製薬会長で兄の正士から下された、そんな厳命から1年半。期限が日に日に迫っていたからだ。

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