富士通総研の柯隆主席研究員は、「AIIBへの参加はリスクが小さい割に、欧州にとって経済的なベネフィットが大きい。一方で、今の日米にそこまでの金は動かせない。4兆ドルもの外貨準備がある中国の〝チャイナマネー〟は強かったということ」と解説する。

 さらに、欧州勢のAIIB参加を決定付けたのが、欧州と中国の間に地政学的なリスクがなかった点だ。つまり、両者の間には領土問題など、「安全保障上の脅威」が存在しないのだ。尖閣諸島を抱える日本と異なり、純粋に経済的な損得勘定で動ける利点が、欧州勢が次々と参加表明した背景に隠されているのだ。

 ちなみに「安全保障上の脅威」という地政学的キーワードは、これに限らず、崩壊の危機にひんするEU情勢や、中東の覇権争いなど本特集の複数の場面で登場するので、ぜひ押さえてもらいたい。

 今回のAIIB騒動を国際金融の観点から読み解くと、また違った風景が見えてくる。

 AIIBの設立は、米欧がつくり上げ、長年にわたって牛耳ってきた国際通貨基金(IMF)・世界銀行による国際金融秩序への挑戦と捉えられている。

 みずほ総研中国室の三浦祐介主任研究員が、「AIIB設立の背景には、国際金融での中国の地位の低さも影響している」と指摘するように、中国には米欧主導の金融秩序に対する強い反発がある。

 例えば、IMFのトップである専務理事はこれまで歴代、欧州人が就き、中でもフランスの通貨マフィアの影響力が強い。世銀総裁は米国人のポストで、国際金融機関の一角を占めるADBの総裁は日本が独占してきた。

 中国はこの世界で常に脇役に追いやられており、影響力を行使できる範囲は極めて限定的だった。中国はそこでAIIBという箱を使い、米欧に取って代わる新金融覇権の一手を打ったというわけだ。

米国の外交問題評議会が
示唆した覇権交代の可能性

 振り返れば、中国は19世紀初頭まで、世界最大の経済大国だった。世界第2位の経済大国に返り咲いた今、再び、中華覇権を目指して動き始めたのだ。

 その意味で、AIIBという組織は、アジアのインフラ整備という大義があるとはいえ、やはり、中国の中国による中国のための銀行といえる。そして、それはG7の取り込みに成功するという最高のスタートを切った。

 そのことを米国側も重く受け止めている。米シンクタンク、外交問題評議会は3月20日に発表した論文で、「欧州で最も重要な4つの同盟国が AIIBの創設メンバーになるとの決定は、ちょっとした外交的敗北ではなく、米国が構築した世界秩序にボディブローのように効いてくる」と指摘した。

 さらに、「AIIBに関する中国の策略の勝利は、もはや米国はゲームを独占できないことを示しており、国際関係の重力の中心は、西から東に移りつつある」と覇権交代の可能性を示唆した。欧州勢は潮目の変化を敏感に感じ取ったからこそ、中国を向いたのだろう。

 米ドルが担う基軸通貨の座を狙う人民元や、米国との自由貿易圏をめぐる覇権争い、そして巨額のチャイナマネーで進める新型の資源外交など、金融覇権への挑戦を端緒に、中国は今後、さまざまな分野で覇権争いに加わっていこうとしている。

 そして、何よりAIIBに参加する各国が期待するのが、「シルクロード構想」である。中国から欧州に至る陸と海の2つのルートを通じて、巨大経済圏を構築しようという野心的な構想だ。陸上の「シルクロード経済圏」だけでも、周辺人口は30億人に上る。

 G7内でにわかに入った米国と欧州の亀裂、そして米欧主導の金融秩序のほころび。習近平指導部がそのはざまに見据えるのは、超大国、米国を凌駕する「ユーラシア覇権」の構築だろう。

日本は今こそ
〝地政学オンチ〟を返上すべき

 『週刊ダイヤモンド』4月11日号の第一特集は、「世界経済超入門」。経済誌の新年度の定番特集です。ただし、内容は定番ではありません。なにせ、サブタイトルは「地政学で読み解く覇権争いの衝撃」ですから。

 中国の世界覇権への野心、分裂の危機にひんする欧州の焦り、暴走するロシアの縄張り意識──。権謀術数、複雑怪奇な世界情勢を、ヒトラーが愛した禁断の学問であり、今ブームを迎えつつある「地政学」で読み解きました。

 リーダー不在の今の世界秩序を「Gゼロ」と名付けたことで知られる国際政治学者、イアン・ブレマー氏は、今年を「地政学への回帰の年」と位置付けました。中でも、英独仏を巧みに懐柔して、主要7カ国(G7)に亀裂を生じさせた中国の習近平国家主席からは目が離せません。その中国との間で、経済と安保のギリギリの距離感を求められる今の日本にこそ、地政学的な視点が必要なのかもしれません。日本は今こそ〝地政学オンチ〟を返上すべきでしょう。

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週刊ダイヤモンド2015年4月11日号

「世界経済超入門~地政学で読み解く覇権争いの衝撃」

◆Prologue 世界をのみ込む新中華覇権の衝撃
◆Part1 なぜ今ブーム? 基礎から分かる「地政学」超入門
◆Part2 目からウロコの新秩序!? 米中〝新冷戦〟を超解説
◆Part3 みるみる分かる!欧州問題 地政学でEU大解剖
◆Part4 地政学で読み解く世界覇権の歴史と未来

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