30年前の1985年9月、「プラザ合意」という国際的な取り決めが行われた。これは、ドル高によってアメリカ自動車産業が苦境に陥ったのを助けるため、国際的な協調介入によって為替レートをドル安に導こうとするものであった。このとき重要な役割を期待されたのは、日本と西ドイツだった。円高とマルク高を実現し、かつ両国が需要喚起策を取って世界経済の「機関車」の役割を果たすことが求められたのである。

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