1994年12月、慶應義塾大学大学院のビジネススクールで学んでいたある韓国籍の男子学生が、留学生活の総仕上げとなる論文を提出した。 「日本における産業空洞化の分析とその対策」。そう題された90ページ余りの修士論文の執筆者の名前は、李在鎔(イ・ジェヨン)。ゴルフや乗馬をたしなみ、愛車の日産スカイラインを乗り回す爽やかな学生は、韓国を代表するサムスングループの李健煕(イ・ゴンヒ)会長の長男で、巨大財閥の未来を託された御曹司だった。

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